第35話 返り咲き太白星
こんなトコでグダグダしてる場合じゃ
なかった。いやマジで俺とした事が。
あれから田坂のヤツ、散々俺に連絡
寄越して来てたけど、さっき一言
『うるせえ』ってLINE返したから
今の心境はわかるだろ。
ヤツから齎された店舗削減計画の話は
確かにショックだったが、それ以上に
俺を打ち廼めしたのは、店の跡地に
マンション建設の話が出ているという
まさかの追い討ち情報だった。
中長期店舗削減計画の一端として。
支店がなくなる、という事は。
売るか、貸すか、それとも壊すか。
概ね、その三つの選択肢から決まる。
こんな辺鄙な場所だ。今迄の銀行の
方針からして最も可能性が高いのは
壊して更地にする、って選択だろう。
そこまでは、良かねぇけど理解は
出来る。だが、まさかのマンション
建設とは。しかもこのタイミングで
話題に登るとは。
嫌でも予定調和の匂いがする。
頭領のお袋さんからも頼まれたしな。
本当は端っから分かってたんだと思う。
尋常じゃねぇ 都落ち だ。きっと
頭領が俺のこと呼んだんだろうって。
何気にそんな気はしてたんだよな。
入行以来、俺は二度だけマジ泣き
した事がある。
一度目は、一年坊主の頃だった。
余りに自分が使えな過ぎて、トイレの
個室で思わず泣いた。無駄に水流して
扉を開けたら、頭領と鉢合わせした。
あれほど気まずい事は後にも先にも
なかったな。
でも、頭領は何も無かった様な顔で
《別に、ヒト死んだ訳とちゃうやろ。
こんなモンどうとでもなるわ。但し
時間は今も刻々と過ぎて行ってる。
落ち込んどる暇あらへんぞ。違うか?》
そう言うやトイレから出て行った。
用も足さずに。
二度目は、その頭領が死んだ時だ。
仕事中に倒れて病院に運ばれたって
聞いた時にはもう、息を引き取った
後だった。
「……。」俺は一つため息を吐くと
【櫻岾】の駅へと向かった。
【櫻岾】から先ずは【逢麻辻】の駅に
降りた俺は、林司法書士の事務所兼
自宅を訪ねた。 事前 に、どうしても
確認しておきたい事があったからだ。
電車を待つ間に連絡入れて軽く事情を
話しておいたからか、すぐに会って
くれたのは幸いだった。
「…そうですか、遂に来ましたか。」
「正式な辞令はもう少し後になるとは
思いますが、今朝いち確認したところ
支店長には内示が来てました。」
「残念ですね、あれだけ歴史のある
お店が無くなってしまうのは…。」
林司法書士はそう言うと、奥の金庫から
何やら書類を出して来た。
「これは、護摩御堂雪江さんから生前
預かった物です。《或る条件下で
然るべき 銀行側の担当者 に開示
する様に》との依頼を受けた、言わば
『覚書兼遺言書』の様なものです。
勿論、法的な効力を有する物では
ありませんが。」林司法書士はそう
言うと、書類の束を俺に差し出した。
「拝見します。」不動産など資産の
殆どが、例の公益財団法人の所有に
なっている。
「…既に、護摩御堂家の家屋敷や付近の
山林など。粗方の不動産は本田が筆頭を
務める公益財団法人『櫻護』の名義に
なっています。」「承知しています。」
「実は一つ 問題 がありましてね。」
「…?」「あの『櫻岾支店』の土地、
それ自体は借地になっていますが、
上物は元々が護摩御堂家の屋敷でした。
戦後、半壊状態だった建物を銀行に
売却して、新たに『櫻岾支店』として
建て直された訳ですが、現在金庫室の
一部になっている『開かずの間』。
あそこは絶対に動かせないのです。」
林司法書士はそう言うと、眉間の皺を
更に刻んだ。
「所謂『開かずの間』は護摩御堂家の
咒を扱う場所 だったそうで、もし
害される様な事があれば、代々の
護摩御堂家の女達が祟る、と。」
「護摩御堂家の?」俺はふと、あの
手紙の事を思い出した。
「ええ。護摩御堂家の女当主達は、
まさに命懸けで寺の魔物を抑えて来た
訳です。あの部屋は 本物 ですよ。
『法照寺』など、比べ物にならない。
それ故、銀行の様に、無くなる心配の
ない機関に売却されたのだと。」
「…確かに。当時の感覚からすれば
銀行の店舗削減なんぞ想像もつかない
事でしょうね。」
護摩御堂家を巡るこの土地の因縁は、
余りにも複雑に絡み縺れている。
護摩御堂桐枝が後の『魔物封じ』の
対策を講じ、娘の雪江が『一族の呪』に
ピリオドを打とうとした。
唯一、公益財団法人の預かりに入って
いない『櫻岾支店』は。銀行の方針で
運命が決まる。
ウチが、あの場所をどうするのか。
これはもう、本店にカチコむしか
他、ねぇんだろうな。
俺が。
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