第32話 首無し女

あれから、藤崎さんは珍しく少し

大人しかった。大体『法照寺』での

『怪談会』の後はテンション上げて

ウザい程なのに。



「藤崎さん、どうしたんだろうね。」

事務課の畠山さんが営業課のフロアに

遠征に来た。既に、店の一日の勘定を

締め上げて暇になったのだろう。

「相変わらず締めるの速いね、畠山。」

「え…本当ですか?」嬉しそうに

畠山さんが答える。案外、気遣いの

人なのかもな、守本さん。


僕はここに来て 色んなもの が

見えてきた様な気がする。今まで全く

気が付かなかった小さな事。でも存外

大事だったりする。


「それより、何かあったの?藤崎さん

大人しいと何だか不気味なんだけど。」

畠山さんが少しだけ声を潜める。

「ホントそれな。岸田、こないだ

法照寺さんのトコ行ったろ?そこで何か

あったとか?」二人とも興味深々だ。

尤も、心配しているのは間違いない。

「実は、ガチで怖い話聞いちゃって。」

「そういうの、藤崎さん大好物じゃね?

大体、それを目当てに 法照寺参り

してるだろ?」「それはそうですが。

でも今回の話は、実際の…。」

「それって、【東櫻岾】の踏切に出る

『首無し女』の元になった話…とか?」


「畠山、何か背景とか知ってんのか?」

「…きゃあああッ!」「うぉあ…!」

いきなり藤崎さんが。いつの間にか

話の輪に入ってる。

「何ビビってんだよ?お前ら。こっちが

怖ぇわ!」言いつつ眉間に皺を入れる。

そこは相当に格好良いんだけれど。


「…で?何のハナシ?首無し女?」

「ええ。何十年ぐらいか前に本当に

人身事故で亡くなった地主一族の

人らしいんですよね。でも、頭がまだ

見つかってないっていう噂…。今も

踏切に立つのは、自分の頭を探して

いるんだとか。」

「確かに頸部轢断って当時の新聞にも

載った様だが…でも法照寺で懇ろに

供養されてんじゃねえのかな。」

「え、そうなんですか?」「多分な。」

「多分、って。」畠山さんは少しだけ

不満そうな顔をしたが、法照寺の麻川

住職から聞いた話では古くからそういう

『契約』になっているらしい。


「ていうか俺が最初に見た『喪服女』は

首、ついてたけどな。そもそも、何で

向こうから下手な接触して来んのか。」

「五億円も入れてくれてますもんね。」

「おうよ守本、利鞘で稼げる。有難くて

涙が出るだろ。」


彼はそう言うと何故か遠い目をした。





それから、残りの仕事を終わらせて。

僕らはそれぞれ帰路に就いた。


珍しい事に、藤崎さんも定時になるや

直ぐに店を後にした。何でも、同期と

会うんだとか。彼にも 新人 の頃は

あったのだろうけど、一体どんな

途轍もない新人だった事か。


そんな事を思いながら僕は、一人

出遅れた感を持て余しながらいつもの

山道じみた通勤路を歩いた。

途中であの『護摩御堂』屋敷の白い

海鼠壁に差し掛かったが、鯨幕も

無ければ線香の匂いもしなかった。



【櫻岾】の駅は、近くの私学がテスト

期間なのか、いつもは部活帰りの

中高生と鉢合う様な時間にも関わらず

閑散としていた。

 僕はスマホで時間を確認して、そして

ホームのベンチに腰掛ける。まだ電車が

来るには幾分、時間があった。



「あの…櫻岾支店の方ですよね?」



呼びかけられて、僕はスマホ画面から

慌てて目を上げる。

「え、ああ…はい。」業後なんだけど。

そう思いながらも僕は店の顧客の顔を

思い浮かべる。

《偶にオフでも客から声が掛かる事

あるからキチンとしとけよ?》って。

藤崎さんみたいな目立つ人ならまだしも

僕は今までそんな経験はなかった。

 目の前の女性に 心当たり はない。

濃紺に白くて小さな花が刺繍された

上品なワンピースが、夕暮れ時の

マジックアワーに映えている。物凄く

上品な人だ。

 「いつも有難う御座います。」

こんなお客さんウチにいたかな…?

でも、どこかで見た様な気もする様な

しない様な。そう思いつつ、僕は

ベンチから立ち上がる。


「こちらこそ、有難う御座いました。

藤崎諒太さんに、お渡し頂きたい物が

御座いますの。お願い出来ますか?」

 清楚な女性はそう言うや、バッグの

中から手紙の様な物を取り出した。


あぁ、そういう事ね。『藤崎ファン』


彼は散々断ってるけど、お菓子や果物、

畑で獲れた野菜とかの差し入れが後を

断たない。でも『手紙』は初めてかも。

「承知しました。明日、出勤したら

彼に必ず渡します。」「助かります。

宜しくお願いしますね。」



彼女はそう言うと、ホッとした様な

優しい微笑みを浮かべた。









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