第31話 Deofol
知る人しか知らねぇだろう辺境の
サテライト・ブランチ『櫻岾支店』は
町の外れに 抜群の存在感 で
鎮座している。一見、長閑で平和な
土地かと思いきや、とんだ怪奇因縁の
オン・パレードだ。
その根源たる『護摩御堂家』は
未だ 謎 を残して、目の前に悠然と
横たわっていた。
そもそも。
何故、頭領のお袋さん、もとい
『護摩御堂家』最後の当主でもある
護摩御堂雪江は、あんな 貌 で命を
落とさなければならなかったのか。
不遇な人生だったかも知れねぇが、
それは本当に彼女の 意思 に因る
ものなのか。それとも偶か、幾つかの
条件が重なっただけなのか。当時、
現場はかなり混乱したという。
その『鍵』は多分、この寺にある。
この寺に封印されている 存在 に。
「…で、その魔物とやらの正体は一体
何なんです? 以前、御住職は 神 に
近いモノと仰いましたが、それって
具体的にはどういうモノなんですか?」
俺は、又お茶やら座布団やらが無駄に
増えてないかを微妙に確認しながら
住職に尋ねた。
「…どうしても、お聞きになりたいと
そう仰るのかな。」麻川住職、此処に
来て、いきなり歯切れが悪くなる。
そんなにヤバいモンなのか?
「あの!もし聞かない方が良いみたい
だったら…それを敢えては。ね?」
岸田が又しても怖気付く。しかも何か
小刻みに震えてねぇか?あれだけの
スゲぇ体験して、まだこの為体かよ。
「…。」ちょっと睨んでやる。
「確かに、その名を濫りに口にすると
呼んでしまう類のモノではあるのです。
眞名、忌名…言い方は色々ありますが
名前というものはそもそも、その物の
霊性を顕す 記号 でもある訳で。」
「えっ…来ちゃうんですか…!」岸田が
如何にも厭そうな顔をする。
一応、失礼だろ。魔物に。
「まぁ、怪異というものは概してそんな
ものですよ岸田さん。ですがそれ以前に
我々にはアレの 名前 を正確に発音
する事が出来ないのです。」
「…は?」それって…どういう?
「本邦由来のモノではない、と。そう
伝えられておるのですよ。
遙か昔にユーラシア大陸を渡り、更に
日本海を渡って、どういう訳だかこの
土地に流れ着いたモノなのだと。
時代で言えば、そうですな…仏教の
伝来と同じ頃です。」麻川住職は
サラッととんでもない事を言い放った。
魔物=外来種?それを『護摩御堂』の
一族はずつと抑えて来たというのか?
『護摩御堂家』って、一体…。
俺は初めて背筋に悪寒を感じた。
「でも、以前お茶と座布団持参で話を
聞きに来てましたよ…ね?」
岸田が変なトコでツッコミ入れて来る。
こいつ、絶対に確信犯だ。怖さを
紛らわそうとしてるのが見え見えだ。
「仏教伝来の辺りから居りますから、
日本文化にも馴染んでおるのでしょう。
寺での生活にも普通に絡んで来る事も
ありますよ。呼んでもないのに。」
「ソレ、大陸横断して来たって事は、
元々がヨーロッパとか西欧の魔物って
理解で合ってます?」もしそうなら
凄い話だ。しかもそいつが 寺 の
井戸ン中に封じられているなんて。
「…あの、そんな話をここでしても
大丈夫なんですか?」岸田の顔色が
心なしか青い。
「今更、ってヤツだ。多分ソイツは
今も井戸の底で聞いてんだろ。しかも
お茶と座布団で参加をキメ込んだのは
単なる 洒落 だ。」
「左様です。それに、井戸に封じて
あるとはいえ、その気になれば出歩く
事は可能でしょう。何せアレを抑える
一族は、途絶えてしまった。」
麻川住職はそう言うと、本堂の暗がりに
目を細める。何もない薄闇の方へ。
「但し、この寺はアレにとって重要な
物を代々安置しておる。だから此処から
離れる訳には行かぬのでしょう。そして
今は亡き護摩御堂桐枝さまの敷いた咒、
『鉄道路線』が結界となり、どの道この
【櫻岾】を出る事は叶いません。」
「その、重要なモノとは?」寺で安置
するぐらいだ。粗方の予想はつく。
「それは…『手鞠』です。若しくは代々
化け物と対峙してきた一族の御遺骨の
一部と申したら宜しいでしょうか。」
「………。」「護摩御堂家は代々、咒を
生業にしてきた一族ですから。」
俺は多分、生まれて初めて心の底から
ゾッとした。
それは寺の井戸に封じられている魔物の
正体だとか、この『化け物寺』こと
『法照寺』が秘蔵する物に対してでは
なくて。
少なからず頭領にも流れていた
『護摩御堂家』の、その余りにも長く
残酷で凄惨な 血脈 に対しての正直な
感情 だった。
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