第28話 太白星の弟子
ここは一体、何処なんだろう?
僕は、ぼんやりとした頭を明瞭に
する為に、一旦きつく目を閉じると、
思いっきり開いてみた。
薄暗い日本家屋の中だというのは
わかる。しかも、畳の上に座布団が
敷かれていて、僕はそれに座っている。
次第に鮮明になってきた記憶を辿る。
確か、仕事終わりで店を出て、それで
いつも通りに帰り道を歩いてて。
いや、その前に何か物凄く衝撃的な
出来事が。
何処からか、線香の匂いが。
「……っ。」そこで僕は一気に記憶を
呼び戻して行った。
確か、金庫の『開かずの間』から変な
気味の悪い声が聞こえて来たんだ。
お通夜があるとかないとか。それで
慌てて逃げ出して、守本さんに介抱され
それで、と思った所で僕は変な閃きに
至る。
あれ、全然『開かずの間』じゃない。
勇敢にも無謀な藤崎さんが、嬉々として
それを証明したじゃないか。でも、今の
この状況は明らかに 異常 だ。
「失礼致します。」
「…ッ⁈ 」突然、目の前の襖が開く。
そして喪服を着た女の人が、ぬるりと
闇の中から現れた。一層、線香の匂いが
強く鼻先に漂う。
「…あ、あのっ。」僕は思わず座布団を
傍に除ける。「すみません、勝手に!
不法侵入とか…じゃ、ないですから。」
状況、逆だろうが。藤崎さんなら、
そう言うと思うけど。
「この度は御通夜にご参列賜りまして
眞事に有難う御座います。故人も大変
喜んで居ります。」喪服の女性は両手を
前に突き出しながら陰鬱に言う。
「…故人がですか?」藤崎効果なのか
僕は変なツッコミ癖が付いていた。
「ええ。」喪服を着た女性は、笑みを
浮かべる。その表情の、恐いこと。
まるで この世の者じゃない みたいな
陰々滅々とした溟い笑顔だ。
それにしてもこの女性。何処かで見た
事ある様な…ない様な。
「御通夜は、夜半より始まります。その
前に一つ、御願い事が有るのです。
御聞き届け、願えますでしょうか?」
「お願い事、ですか。」出来ればあまり
関わり合いになりたくなかった。
そもそも、此処は一体どこなんだよ?
「何卒、宜しく…御願い致します。」
え…まだ、やるともやらないとも。
「申し訳ありませんが、僕にも仕事とか
色々あるので…先ずは、どういう依頼か
伺ってもいいですか?」怯えながらも、
僕は女性の顔を真っ直ぐ見つめる。
「此れを。逢麻辻にある司法書士先生に
お渡し頂きたいので御座います。」
喪服の女性は、そう言うと何やら紙束を
僕の目の前に突き出した。
畳和紙の、よく時代劇とかで授受する
手紙の様な書簡。これも何となぁくでは
あるけれど見覚えがある。もう、本当に
嫌な予感 しかない。
「申し訳ありませんが、僕はどうして
此処にいるのかわかってなくて。それに
お通夜って。一体、誰のですか?
よくよく知らないんです。なのに
出席するのは、どうなのかと思います。
ですので、申し訳ないんですが…。」
「何という薄情なこと…!」喪服の
女性は恨めしそうな目で僕を睨む。
いや、睨まれても。
「貴方様は『櫻岾支店』の御方では
有りませんか。御行とは代々、大変
懇意にして居りますものを。
今ある御店の地所も、廉価でお譲り
したので御座いますよ?御融資だって
其方様に御願いしたのです。それを
御忘れになるとは…何と薄情な!」
僕は一瞬、怯みかけた。 でも。
「それはニーズに合致したからこそ、
ウチを選ばれたのではないんですか?」
「にーず?」「そうですよ。そちらの
ご希望に合致したからこそ、ウチを
選ばれたのでは?」「………。」
「こっちが頼んできたからやった、とか
いうお客さん…わりといますけどね。
なら僕が、スカイツリーから飛び降りて
下さいって頼んだら、やりますか?
しないでしょ?」
「…。」喪服の女性は更に目を大きく
見開いて僕を見る。でも別におかしな
事は言ってないつもりだ。っていうか
藤崎さんが 不心得な客 によく言う
台詞をパクっただけだけど。
「…左様で御座いますか。残念ですが、
承諾致しました。」喪服の女性は
そう一言、これ又陰鬱な声でいうと、
まるで煙のように
消えてしまった。
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