第27話 継承
その日は溜まりに貯まっていた有休
消化を兼ねながら、俺は池上にある
寺を訪れていた。
『頭領』の墓所のある、あのやけに
馬鹿デカい寺だ。つい先日に七回忌の
法要をやったばかりだったからだろう
寺務所の僧侶達は 俺ら の事を
憶えていた。この墓参には『奥方』を
伴っていたから、余計に 印象 が
強かったのかも知れない。
俺ら親子に見えるかな?と思いつつ
奥方、存外若く見えるから、ちょっと
気まずいかな。何か、申し訳ない。
七回忌の法要の日は、曇天だったが
この日は穏やかに晴れていた。
境内の木々はもう随分と緑を濃くして
柔らかな微風に揺れている。
「先日、盛大に法要をして貰ったのに
又来てくれるなんて。」奥方もとい、
『頭領』小淵沢芳邦の未亡人はそう
云うと、少しだけ困った様に微笑む。
「…何かあったの?諒太君が仕事を
休むなんて。」
「有休が溜まり過ぎて。消化しねぇと
怒られるから。」こっちの方が困る。
どう切り出したら良いのか、今だに
考えあぐねていたから。
「丁度いいんですよ。奥方もこないだ
色々と古い書類とか整理しなきゃって
言ってたじゃないですか。折角だから
俺、手伝いますよ。」
「本当?諒太君に見て貰えば安心だわ。
プロだものね。」彼女はそう言って、
屈託なく微笑う。
小淵沢家の墓は、決して派手過ぎず、
それでいて、どっしりとした大きさと
質感を持っていた。
俺は水屋で借りて来た水桶から柄杓を
取ると、墓石に水をかける。
「諒太君がウチの息子だったら、って
よく小淵沢と話してたのよ。」奥方が
穏やかな笑みを浮かべて、隣に立つ
俺に言う。「……。」
何て答えれば良いのかわからずに、
俺は、曖昧に相槌を打つ。
今年も又、暑くなるんだろうな。
足下の草にも繁茂の兆しが、煌々と
陽に照らされながら青々と佇む。
俺は水桶に残った水を、墓石の上から
かけてしまうと、線香に火を着けて
墓前に供えた。
「彼、諒太君の事を一番気にしてたわ。
別に気になんかしなくても、充分過ぎる
程しっかりしてるのにね。」
「いえ、俺は…つい考え無しに行動して
よく頭領には怒られてましたから。でも
頭領の強い 後ろ盾 があったからこそ
思い切りやれたと、よく田坂とも話して
いるんです。」
「貴方達は、小淵沢の希望の星だった。
願いが叶ったんだから、彼も安心して
いるでしょう。」
暫し、無言で手を合わせる。
どうしても聞いておきたい事がある。
でも頭領、答えてはくれないだろ?
一頻り手を合わせると、俺は奥方を
促して寺務所の方へと歩き始めた。
「頭領の出身。須磨だと聞いてたけど、
墓はこっちに買ったんですね。」
「ええ。彼は実は小淵沢家の養子なの。
須磨の義父母には充分可愛がって貰った
様だけど。」「…こんな事、奥方に
言うのもアレなんですが。実は俺、今
いる店で…何て言うか『古い記録』に
頭領の名前見つけちゃった、って
言うか…。」OK、守秘義務、な。
「諒太君。」いきなり彼女に呼ばれて
俺はドキリとして、足を止める。
「今、貴方がいるお店ってね、実は
小淵沢の初任店だったの。内緒にして
おけって言われてたから、今までは
黙ってたけど。」
「……はッ⁈ 」思わず奥方を見る。
「凄く面白い佇まいのお店なんでしょ?
生前、よく彼が言ってたわ。絶対に
一度はブチ込んでやりたい、って。」
「…あ、えっと……え?」 今、何て?
「あのお店は『出世店』なんだってね。
但し、お店自体に 認められて 初めて
それが叶うらしいの。何でも、お店が
呼ぶ んだとか。彼、そんな事を言って
いたけれど。」
嘘か真か。
そこに配属されると 必ず出世する と
言われる店がある。でも、大抵が都心
エリアの店だったり母店だったり。
そもそも『櫻岾支店』なんて聞いた事も
なかった。
尤も、あの 店自体 に何らかの
意思があっても今更驚きゃしねえけど。
「…きっと諒太君も出世するわね。」
奥方は、さも面白そうに笑う。
そうだよな、あの人本気で楽しんでた。
どんな事でも決して疎かにはしない。
頭領は、常に命張ってたよな。全力で。
「…。」つい、口許が緩む。そうだよ
俺が継承してんだよ、ソレ。
だからこそ、有耶無耶には出来ない。
「寺務所にご挨拶したら、何処かで
美味しいもの食べて行きましょう。
相続関係の書類の整理は、その後で。
諒太君が手伝ってくれると本当に
助かるわ。」
奥方は、そう言いながら又、境内の
砂利道を歩き出した。
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