第26話 太白星、動揺
それはまさに、寝耳に水だった。
いつもは割りかし早く出てくる岸田が
開店時刻になっても顔を見せず、
嫌な予感 に苛まれつつ、俺はヤツの
寮に電話した。勿論、携帯には散々
かけたが《電源が入っていないか電波の
届かない所にある》旨のアナウンスが
繰り返されるばかりだった。
寮の管理人からの話だと、昨日から
様子が見えないとか言いやがる。まあ
会社の寮 だ。そこまで厳しく目は
光らせてないんだろう。
「…何やってんだよ…岸田のヤツ。」
「繋がらないか?」小田桐支店長が、
心配そうに覗き込む。「はい。」
「そうか…。」「思い当たる事とか
ないですかね? 昨日アイツ、何かで
ミスったとか…。」
そんな事で来なくなる様なヤツじゃ
ないだろう。若い割には達観してるし
責任感もあるとは思う。お化け相手に
ビビるのはまぁ、ご愛嬌だけど。
「いや、昨日は来店客は少なかった。
来ても事務課の方だったから、彼には
書類の整理をお願いしていたんです。」
小田桐支店長は困るというよりも
深刻な表情で、何かを考えている。
きっと、いつアイツの実家の方に
連絡するとか警察に捜索願い出すとか。
そのタイミングを計っているんだろう。
確かに、難しい判断だよな。
「支店長。まさかとは思いますけど
昨日、岸田が『開かずの間』で…。」
「守本君!」滅多に声を荒げない
小田桐支店長が、如何にもな感じで
守本を咎めた。
今のは、コイツ何も悪くねぇだろ。
「支店長?」何か心当たりがあるのか
ないのか。俺もそんなに悠長な性格は
してねぇんだわ、悪ぃけど。
「岸田が無断欠勤なんて。コレ普通に
考えて、先ずあり得ない事でしょう?
心当たりあれば共有して下さいよ。」
ちょっと斜に睨む。これで大概は
折れて来る。
「…いや、藤崎君。これは全くの
ジンクスというか…非現実的な話で、
それに…。」支店長、更に言い淀む。
「いやいやいや、支店長。もうあの
幽霊口座に五億円じゃないですか。
非現実も何も。それにさっき守本が
『開かずの間』とか口走ってたけど、
もしやアレ絡みですか?」
「…関係あるかどうかはわからない。
只、昨日岸田君が血相変えて金庫から
飛び出して来た。『開かずの間』が
開いているとか、中から声が聴こえた
とか…直ぐに確認したが、特に異常は
なかったが…。」
「支店長、俺から話します。直接、
金庫から慌てて飛び出してきた岸田を
見てるんで。」守本が、逡巡している
支店長に了承を取る様に言う。
「……。」そして可もなく不可も
ないまま話し始めた。
「藤崎さんの前任だった三浦さんの
話からした方が。何か嫌な共通点が
あるんで。」「…おう。」
軽く頷くと、それを合図に守本は
先を続ける。
「失踪した三浦さん。当時、相当
疲弊してたんですよ、仕事とかも
集中してたし、それに客からの苦情
対応にも追われてて。でも実は
《鯨幕を見た》って言った 直前 に
金庫の『開かずの間』で変な 声 を
聞いてるんです。」
「マジか。どんな声だよ?」
「…それ、『櫻岾怪談』の一つ。」
畠山が呟いた。そう言えば以前にも
そんな話をしていた様な。
葬儀のお誘いに応えると強制参加の
憂き目に遭うとかナントカ。
「具体的には教えて貰えませんでした。
三浦さん、自分でも疲れ過ぎて幻聴が
聴こえた、とかって笑ってたんですよ。
まだ、そん時は余裕あった様で。
でもその後、約束してた客先に行く
途中で、慌てて戻って来て。何でも、
《あの屋敷に『鯨幕』が出てる》って
そこから急に動揺し始めたんです。」
「…あの『護摩御堂』屋敷か。」
「はい。三浦さんらしくないというか
行く筈だった客のアポも取り消して…。
で、次の日から三浦さん、行方が
分からなくなっちゃったんです。
丁度、今の岸田みたいに…。」
金庫内の『開かずの間』は、別に
開かずの間でも何でもない。
「…で、その三浦サンて人。結局
二、三日姿眩まして、一体何処で
何してたんです?」
俺は最もそれをよく知ってるだろう
小田桐支店長に尋ねた。
「それは……。」
支店長は眉間に皺を入れたまま、
沈痛な面持ちで話し始めた。
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