第23話 岾塞

「違っ…そ、それッ!」


怖さを少しでも紛らわそうとして

僕は、寮の近所で売っている鯛焼きに

似た 木魚 や、矢鱈と派手に長い

座布団の房飾り に目を遣っていた。


 そして、ふと違和感を持ったのだ。


麻川住職に対して、司法書士の林先生、

藤崎さん、そして僕が並ぶ。ついつい

彼の方に寄りがちになって怒られて、

それで反対の方へ。


「…こ、ここ、四人しか……‼︎」

もう、泣きたかった。何故、座布団と

お茶が増えているのか。

            五つある。


「お!スゲェ…コレ最初なかったよな!

誰か、もうひと方ご参加って事かな?

全然、気付かなかったけど。」

 藤崎さんの勇者っぷりはもうこの際、

害悪でしかない。

「…これはもしや、これ以上話すなと

そういう事ですかな。」麻川住職が

酷く残念そうに言うが。

「いや、自分から参加しに来てる態じゃ

ないですかね?お茶まで持参して。」

藤崎さんが、又とんでもない事を言い

出した。「聞く気満々でしょ、コレ。」

そしてニヤリと笑う。

 本当に格好いいよ、それは認める。

でも、僕は今この人の事を本気で

殴りたいと思った。


「…うーむ。」麻川住職は暫し考えて

「まぁ、確かに。言われてみるとそう

見えますな。」厳かに笑う。

 僕は最後の頼みの綱、林先生を見るが

「……。」この人は、どうにも怪異に

対しての感度が低そうだった。好きでも

嫌いでも、どちらでもなさそうなのが

態度からもよくわかる。


「じゃあ、気を取り直して。」住職は

自分の目の前の茶を一口のむと、再び

『怖い話』を始めてしまった。もう、

これは完全に『説法』とは違う。



「…どこまで話したかな。ああ、この

寺の井戸に封じているソレ。名を口に

する事自体が 禁忌 なのです。」

「神に近い、と。そういう事ですか?」

藤崎さんのツッコミにゾッとした。

もう『怪異』の領域を大幅に逸脱して

ないか?逃げ場がないレベルだ。


「左様です。それを仏法の力で封じて

いるのだが、当時の『本地垂迹』思想に

基づいているのかも知れませんな。

 但し、そう簡単なものでもない。稀に

井戸から抜け出す事があるのですよ。

元々、咒が生業の『護摩御堂』の先祖と

ソレ とは深い因縁があった様です。

この山の入り口に居を構え、ソレ が

自由に徘徊するのを防いだのです。」


「でも山の入り口は【櫻岾支店】のある

場所だけではないでしょう?」

今まで黙っていた林先生が口を挿む。


「そこが又、難しい処で。本来ならば、

あそこが陌間だった。此岸と彼岸とを

分ける意味でもアレの特性としても。

 さっき、藤崎さんが『神に近い』と

仰っいましたが、必ず訪い口は決まって

おるものです、本来ならば。」


「それって、今は出放題って事で?」


何故、こんなにウキウキした感じで

言うんだろう藤崎さんは。

「一応、此処に封じてはいるので

滅多にはない事ですが、偶にね。でも

『護摩御堂』の家が途絶えては。」


「……。」僕は固唾を飲んで見守る。

もう見たくもないけれど、無人の

座布団にもお茶にも変化はない。

 それを当たり前と思えない自分に又

腹も立ったが、既に店でも充分過ぎる

『怪異』を経験しているのだ。


「…で、その『護摩御堂屋敷』。今も

御住職が管理されている、って事は

実質、何らかの係累がいるって訳じゃ

ないんですか?」

 漸く、藤崎さんが核心に切り込んだ。

これが彼の本命なのだ。理由はよくは

分からないけど、異常なほど彼は

『護摩御堂家』に執着している。いや、

その 末裔 に。


「それは。今は亡き雪江様の御母堂、

桐枝様の時からの契約というか、言わば

システムですな。」それに答えたのは

司法書士の林先生だった。

「システム、ですか?」藤崎さん、やや

面食らう展開に。

「…ええ。『護摩御堂家』と言えば、

戦後の【櫻岾】の復興に大いに寄与した

一族です。まさに、今のこの町や路線を

作ったと言っても過言ではない。でも

それは 護摩御堂桐枝 という一人の

女性の熱意があってこそでした。」


僕はここで『護摩御堂家』を整理した。

先ず 桐枝 という人がいて、その娘が

うちに口座を作った 雪江 って人だ。

 あの【東櫻岾】の踏切の人身事故で

亡くなったという…。

「……。」ついつい、身体が藤崎さん

寄りになるが、彼は気づいていない。


「地代を、あの御屋敷の管理維持に

充てている訳です。【櫻岾】は、まだ

殆ど彼等の土地ですからね。一応は

公益財団法人の管理になっています。」


「…そうですか。」


彼はそう言うと、何故だか酷く打ち

廼めされた様な顔をした。









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