第22話 五人怪談

【櫻岾支店】の入り口を侵食している

櫻の巨木は、いつの間にか花が

咲いて、そして

   気がついた時には散っていた。


『山桜』という種類だ、ってのは色んな

客から聞かされたが、言われてみれば

そこらの桜とは少し違う気もする。

ヒトの顔した実でもなるかと思いきや

そんな面白い事もなく…。

 俺ン中では『化け櫻』なんだが、

客等に言わせると【護櫻】って大層な

『通り名』があるらしい。一体、

ナニから護ってくれるやら。


花が終わった途端、急に緑が深くなり

何とも言えない『隠世』感は更に

半端なく加速して行く。



『護摩御堂雪江』名義の口座は、

五億の入金以来、出入りに動きはない。

 まぁ、当たり前だけど。元々、あの

『開かずの間』に置いてあったモンが

漸く日の目を見たんだろう。




あれから【法照寺】の麻川住職は早速

林司法書士に連絡を取ってくれた。

そして『説法会』に出席するって貌で

改めて正式に引き合せてくれたのだ。



「やぁ、藤崎さん。先日はわざわざ

どうもすみませんでしたね。」

林司法書士は俺らが到着するより前に

もう既に【法照寺】に着いていて、

住職と一緒に笑顔で出迎えてくれた。


「いえ。こちらこそ色々とご迷惑を

お掛けしまして。林先生もこちらの

『説法会』にはよく?」

「時間のある時には顔を出したいと

思ってはいるんですがね、これでまだ

仕事がある身なので、なかなか。」

 林司法書士はそう言うと、本堂の隅に

準備されていた座布団を配る。


どうやら知己の様だが、山寺の住職と、

別の地域で開業している司法書士だ。

その彼らを繋ぐとするなら

 『護摩御堂』しかねぇだろう。



「では、始めましょうか。」麻川住職が

本堂を背負って、対面に座る。


「…あの、今日の法話のテーマって。」

岸田が口を出した。明らかにコイツ、

怪談来る!と思ってビビってやがる。

何せ、前回の『怪談会』の時、イイ所で

急に貧血起こしてぶっ倒れやがったし。


「今日は、藤崎さんからのリクエストで

この土地の、特に『護摩御堂家』の話を

しようと思っていますよ。

 今では血縁者も途絶えておりますが、

これはあくまで単なる お話し として

聞いて頂きたい。」

「本当に皆、亡くなってるんですか?」

岸田、更に聞く。こういう間抜けた質問

させたらコイツ、天下一なんだよな。

ナイスツッコミ。


「はい。前回も少しお話ししました通り

最後のご当主が『護摩御堂雪江』様と

いう方でした。お気の毒に、東櫻岾の

踏切で亡くなられた。」


「…事故なんですよ…ね?」何かコイツ

震えてねぇか? まだ話、始まってもねえ

段階だろうが。

「それが、どうにも奇妙な状況だったの

ですよ。ご覧になったかと思いますが、

あの踏切には『警告竿』があるのです。

それを敢えて乗り越えられるというのは

ある意味、自らの決意なのでしょうが。

ですが、雪江様のご遺体は…。」

「………ッ‼︎」

「うおッ。」変な声出た。「岸田ァ!」

何でお前が抱きついて来るんだよ‼︎

しかも自分から聞いたくせに。

「離せ、腕!」「す、すみません!」


コイツ連れて来なきゃ良かったかな。


「いやいや、住職はヒトを脅かす悪い

癖がありますから。」林司法書士は

苦笑いしながらフォローするが。

「すみませんね。コイツ、未熟者で。」

「いえ、私も変な方向から話し始めて

しまいました。先ずは、この寺に封じて

おります畏ろしい『モノ』について

お話し致しましょう。


麻川住職は居住いを糺すと、静かに

話し始めた。



「もう、何代も前の話です。この山は

所謂、魔所と呼ばれておりました。

 山道を行くと得体の知れないモノに

憑いて来られたり、不気味な容貌の

ナニカを見た、などという話が後を

絶たず、遂には神隠しの様な実質的な

被害も出る様になりました。

 ソレを『護摩御堂』の先祖がこの寺の

井戸だった場所に封じたのですが…。」


「寺の…井戸…って。」過剰に反応する

岸田が又こっちに身を寄せてくる。

マジで、うぜぇんだけど。


「ああ、墓地の奥にあるのですよ。

丁度、あの『護摩御堂家』の立派な

墓石の裏に。」

「…え。ソレもしかして。」今にも

死にそうな顔色してるが、それもまぁ

分からなくはねぇわな。


 コイツ多分、そこ踏んで写メ撮って

来てるから。


「で、その魔物の正体ってのは一体

何なんですか?」まどろっこしいのは

どうも苦手だ。俺は大体、直球でいく。


「……ひ…っ!」岸田が又、変な悲鳴を

上げた。「俺、お前の事マジで殴るけど

いいよな?」ちょっと本気で怒る。

「違っ…そ、それッ!」もう足が痺れて

動けないのか、上半身だけで逃れる

岸田の指差す先には。




誰も座っていない座布団が。一つ余計に

出された茶と共に置かれていた。








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