第21話 遺言書

店の金庫室の、更に人目に付かない

所にある『開かずの間』。

 実は開かずの間でも何でもない。

僕が台車をぶつけて引き戸が少し

開いたのは壊れたからではなくて

単に ズレた だけだった。


あの後、藤崎さんは暫く注連縄の内で

あちこち物色して、文机の抽斗の中から

『錆びついた鍵』を見つけた。


支店長レベルの引き継ぎ事項として

代々引き継がれて来たものは、全くの

事実無根。

 きっと世の中にはそういう如何にも

実しやかな 虚 が、当然の如く紛れ

込んでいるのかも知れない。



一方で、藤崎さんは一頻り不可解な

空間を検めると、何事もなかったように

引き戸を閉め、僕がひっくり返した

台車周りを畠山さん達と一緒に片付けて

くれたのだった。


勿論、彼に 祟り めいた事は何一つ

起こらなかった。





そして今、藤崎さんは『法照寺』の

麻川住職の運用相談に託けて、僕を伴い

性懲りも無く『護摩御堂家』の怪談を

聞こうと訪れていた。


この寺には 何かとても怖いもの が

封印されていると住職が言っていた。


ましてや、店の金庫の奥であんな

不気味な部屋 を見て。

 それでも尚『営利』と『怪異』とを

追求するその 変なストイックさ には

頭が下がる。けれども『注連縄』触って

何も無かった事への 感謝の気持 も

決して忘れてはならないと僕は思う。


       本気で心配したんだ。


もし、藤崎さんに何かあったら。

 三浦さんのように消えてしまったら。


それを思うと、僕は。




「…そうですね。御住職の資産全体の

ポートフォリオからしても、もう少し

別の運用なんかを考えてもいいのかも

知れませんね。あと二次相続対策も。」

「それほどお金はないけれど、息子が

一人だけですからね。確かに二次相続は

失念していましたな。

その辺も又、藤崎さんにご相談しても

構いませんかな?」住職はそう言いつつ

禿げた頭をつるりと撫でる。


口座を作ることすら難色を示す人と

そう聞いていたのだが。


しかも驚いた事に、藤崎さんから

住職の 資産状況 についてあれこれ

聞くのを一度も見た事がなかった。

 寧ろ 怪奇染みた話 ばかりを

グイグイ聞きに行くけれど。


「勿論ですよ御住職!先ずは、保険料

控除の非課税枠は使いましょう。

御住職の所は坊守様と若院様なので

一千万円は非課税になりますからね。」

「一千万もですか!それは是非…。」


普通に仕事をしているのだが、僕には

どうしてもTVショッピングか何かを

見せられている様で、何だかやけに落ち

着かない。


「じゃあ、具体的な資料を次来る時に

持ってきます。円と外貨では、御住職

どっちがお好みですか?」

「大統領選挙のアノマリーもありますし

米ドルならば外貨でも良いのかな。あ、

そうそう。米国債とかは、今はどう

ですかな?」


     えっ?住職、今なんて?


「お、さすがは御住職。でも、実際

アノマリーより今後の施策で総体的に

判断する方がガチですよ?

 保険は外貨で適当に見繕って来ます。

この為替相場ですけど、損益分岐点は

円高めに取れるでしょうし。

 あとストリップス債と幾つか良さげな

米国社債もお持ちしますよ。」

「宜しく頼みます。」


麻川住職、とんだ経済通になっている。

僕は一人、会話について行けずに、

黙って出されたお茶を飲む。



「因みに御住職。『遺言書』なんかは

当然、お書きになっていますよね?」

 藤崎さんが、いきなり 仕掛け に

行った。勿論、商談じゃなくて怪談を。


「いやあ 護摩御堂家 ならまだしも、

うちは単なる化け物寺ですからね。」


 … 住職『護摩御堂』って言った。

 これ、思う壺じゃないか。


「まあ、御住職の所は若院様に円満に

引き継げますからね。

 でもあそこは係累が途絶えているにも

関わらず 国庫 に行かないって事は、

何某かが引き継いだ事になる。多分、

それなりの『公正証書遺言』があっての

事なんでしょうけど。」

 藤崎さんは、如何にも自然な感じで

言っているけど、それ を知りたいのが

恥ずかしいほど見え見えだ。


「藤崎さんは、随分あの御屋敷に興味が

おありになる様ですな。」住職、完全に

乗せられてる。何せ、藤崎ファン だ。


「アリアリのアリですよ!何せ、この

『法照寺』同様に、地域の歴史イコール

ですからね。

 もし現在の所有者が分かれば、改めて

護摩御堂家の歴史を聞きたい。」

「流石は藤崎さん。土地に興味を持つと

いうのは大切な事ですからな。

私から林先生に聞いてみましょう。」

「うわ…スゲェ有り難いです!是非。」


藤崎ファン、恐るべし。



 僕は矢張り手品か何かを見ている様で

一人感嘆のため息を吐いていた。














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