第18話 禁忌事項

林恒蔵司法書士の事務所は【櫻岾】の

駅から八つ先の【逢麻辻】駅から

徒歩で二十分程行った所にあった。


ぶっちゃけ『司法書士事務所』とはいえ

個人経営のソレで、実際の司法書士も

林恒蔵 本人 だけだった。

 妻が怪我で入院中だとか言ってたが、

矢鱈と茶菓子を出してきて持て成され

すっかり恐縮してしまった。


 …って訳で。守本、無事に

       ミッションコンプ。


ほんとマジで良かった。小さな事と

侮るとエラい目に遭うからな。しかも

相手は司法書士だ。嫌味の一つも

二つも覚悟はしていたが、俺がどうやら

『ミスった部下と一緒に謝りに来た

上司』的なポジションと解釈されて、

存外すんなりと受け入れて貰えた。

まあ…間違いじゃねぇけど。


とはいえ。流石に顧客の事を尋ねるのは

何だか気が引けた、っていうか。


『護摩御堂』の生き残りから屋敷管理の

依頼は受けてんだろうが、ソレ絶対に

第三者には言わねぇだろ。だから結局、

守本の 回収作業 に付き合っただけで

俺らは又、電車に乗って戻って来た。


勿論、林司法書士からも 土地の話 を

色々と聞けたから、俺としては満足だ。

 しかも、聞けばこの林司法書士。

以前、俺が都心エリアにいた頃に散々

世話になった、ウチと提携してる

大手司法書士事務所の所長と同級生とか

言ってたから、ほんとマジで世間って

狭いよな。


櫻岾とは峯続き、って事にはなるのか

山を挟んで【櫻岾】とは反対側にある

【逢麻辻】駅は、ここら辺でも珍しい

無人の駅 だった。  


帰りの電車の車窓から、【東櫻岾】の

踏切が見えたが、そこに『首無し女』は

いなかった。





だが、店に戻って来た俺らを、まさに

とんでもない 事態 が待っていた。


「今戻りました…って、お前らナニ

葬式みたいなシケた面してんの?」

「藤崎さん…‼︎」岸田が涙目に

なってる。

マジで気持ち悪いからやめろよ。

「良かった、藤崎さん帰って来て!」

畠山も眉間にシワ寄せて言う。

 なんか物凄い悲壮感が歳にそぐわず

半端ねぇぞコイツら。怖え…何したよ?


「小田桐支店長、どうしたんだよ?」

「藤崎さん達が出た後、エリアの会議に

出掛けました。」

「…あ。」今、思い出したがアレって

今日か。ヤバい、すっかり忘れてた。

幾ら小さな店だからって、コイツらに

店番頼むの、さすがにあり得ねぇわ。

全く、俺とした事が。

 携帯に掛けて来てないから急を要する

事でもないんだろうけど。


「で? 俺らいない間に一体ナニが?」

「金庫室の『開かずの間』の引き戸を

壊しちゃったんです。すみません!」

岸田、思い切り頭を下げるが。


「えっ?マジで⁈ 」勇者じゃねぇか。


「で?引き戸、開けてみたのか?」

「いえ!開けてません‼︎」…何でだよ。

「そこ、開けるトコだろ?お前らそれ

気にならねぇのかよ?」

「でも、藤崎さん。あそこは絶対に

開けちゃいけないって言われてて。」

畠山がおずおずと答える。


確かに サラリーマン だからな。

上から禁止されれば、そりゃ守るわな。

「でも気にならねぇの? お前ら。」

俺って割と意地悪だな。そう思いつつ

「何故、って思わねぇのか?ってか、

常識的に考えてみな。小規模とは言え

メガのブランチの金庫内に、何で

『開かずの間』なんてあるんだよ?

フツーに考えて、おかしいだろ。」

「……あ、はい。それは…確かに。」

小僧ども。憑き物が落ちたような顔で

見つめるな、照れるから。


「支店長、今日は会議で直帰だよな?

丁度いい。『開かずの間』を確認する

絶好のチャンスじゃねぇか!」

「でも…!」「でもじゃねぇんだよ。

《決して開けるな》って引き継ぎ

受けてんの、支店長だけだから。」


「…それ、そういう問題?」今まで

口を挿む隙を狙っていたんだろう、

守本が言う。

「じゃ、どういう問題だよ?」

「いえ全然大丈夫です!」退き際が

キレイになったなコイツ。


「って事で。いつまで金庫を閉鎖して

おく訳にも行かねぇだろ。」

単に興味がある。それだけなんだが。

俺はもう金庫室の重たい扉を開け

始めていた。

「藤崎さん、私も行きます。保険の

差替え資料や稟議棚とかも散乱して

いるから片付けなきゃいけないし。」

畠山が続く。「俺も手伝います!」

守本もそれに続くが。



「待って下さい!」



一年坊主、岸田の声は微妙に

           震えていた。




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