第17話 開かずの間

藤崎さんが守本さんの 回収作業 に

同行して、僕は急に暇になった。

『護摩御堂家』抱えの司法書士に直接

会って話を聞くとは言っても、まさか

ストレートに依頼主を聞き出す訳でも

ないだろう。そもそもウチが介入する

余地のない話だ。

 仮に『護摩御堂』の縁者が判明しても

そこで漸く スタート地点 なのだ。



「ねえ、さっき保険商品の新しい

資料が届いたんだけど、差替え岸田も

手伝ってよ、山程あるんだから!」

 手持ち無沙汰にぼんやりしていたら

畠山さんから声を掛けられた。

「あ、はい!」僕は慌てて金庫室に

向かう。



この店が、元々の【護摩御堂屋敷】の

跡に建てられていたなんて、先日の

麻川住職の『怪談会』で初めて知った。


しかも、あの【法照寺】自体が何やら

とんでもなく怖いモノを封じ込める為に

建てられていたなんて。住職はわりと

普通に話していたけど、怪異 との共存

共生なんて…余程の胆力がなければ

無理だろう。


実際、そんな話を聴いてから僕は、

何の変哲もなかった平和な日々が急に

不穏なモノへと変わって行く様な

何とも落ち着かない気持ちを持て余して

いるのだ。

         一方で、


無駄に 勇者 な藤崎さんは、あの後

過去の『東櫻岾の踏切』での人身事故を

調べていたけれど、寺で聞いた以上の

詳細を知る事は出来なかった様だ。


  事故なのだろうか…それとも。


僕は出来るだけ それ を考えない様に

しながら日々、業務に臨む。それしか

出来ないだろう。あんな 話 を聞いて

しまったからには。


せめて、藤崎さんが早く戻って来て

くれないかと、そんな事を思いながら。



「…畠山さん、これ何処に持ってったら

いいんですか?」


資料は思ったよりも沢山あった。各社

商品毎に纏まった数があるから、結局は

段ボールも山になる。

 僕は異様に重たい台車を押しながら

金庫室の迷宮を行く。

「古いのは纏めて送り返すから、一旦

奥の方に運んでおいて。」

「わかりました。」そうは言いつつも

台車は重さで真っ直ぐには進まない。

そもそも、滑り出しが硬いのだ。


「わっ!危な…ッ!」勢いをつけて

棚の横を曲がろうとして、僕は

バランスを失った。そしてそのまま

金庫の奥へと勢いに任せて突っ込んで

しまった。


ガガガ…ガッシャン ガラガランッ


トバッチリで、稟議ファイルが綺麗に

収まっていたすぐ側のラックも倒れる。


「きゃあ!もう何やってんのよ岸田ッ!

こんな狭いとこで、勢い付け過ぎ‼︎ 」

畠山さんの怒声が飛ぶ。

「すみません!」慌てて謝るが、斜めに

ひっくり返った台車から煩雑に崩れ

出した資料のせいで僕自身が半ば資料に

埋もれている。

「…ていうかッ!何やってくれたのよ!

もう、あり得ない…!この馬鹿ッ‼︎ 」

更に本気の罵声が降って来たが。


「……。」



金庫の奥。そこは濫りに近づいては

いけない場所だった。


詳細は誰も知らない。只、金庫の奥に

決して 開けてはならない 引き戸が

あって、それは厳重に施錠されている。

しかも鍵も失われて久しく、所謂


   『開かずの間』となっていた。




勢い余って重たい台車ごと突っ込んだ

せいで、その『開かずの間』の

引き戸が、薄く

         開いていた。


鍵は紛失していると聞いていたのだ。

だから『開かずの間』だ、って。




僕は資料の山から何とか抜け出すと

無意識に、引き戸に手をかけた。


「岸田ッ!」


畠山さんの、悲鳴にも似た声でハッと

我に返る。「……あ。」

「…何やってんのよッ!ここは…もう

いいから。取り敢えず一旦、出よう?」

畠山さんはそう言うと、ぼんやりと立つ

僕の腕を強引に引っ張った。


「支店長、今日は会議で戻らないから。

藤崎さん達が帰るまでここは閉鎖ね。」

畠山さんはそう言うや、金庫室の重たい

扉を閉めてしまった。





僕は何故あの引き戸を開けようなんて

      思ったのだろうか。


あの、薄く開いた『開かずの間』の

引き戸の隙間からは、咽せ返るような

 線香 の匂いがした。


もしかしたら、顧客の不祝儀に持って

行く線香の、古い買い置きがあるのかも

知れない。僕は心の中で、必死にそんな

言い訳をしていた。


畠山さんには、言い出せなかった。

否定されるのが怖かったからだ。



薄く開いた引戸の隙間から漂う、丁度

今、焚き始めたような線香の匂い。




僕は自分でもわかるほどに震えながら

営業課の自分の席に戻った。

 そして早く藤崎さん達が戻って来て

くれないか


   只々そればかりを念じていた。






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