第15話 慄く太白星
何だか余計な事を言ってしまった。
それは大概、後から思うのであって
言った時には気が付かない。いや
もしかすると 良い事を言った 様な
気分になっている。
そして後から やらかしたかも と
気付くのだ。
今の僕はまさに、それだった。
表敬訪問という名目で『法照寺』主催の
『怪談会』に僕は今、半ば強制的に
参加させられている。
尤も、これは僕の卑屈な解釈で、
本当は月イチで行われる『説法会』だ。
元々が土地の古刹である事からわりと
土地に纏わる噺を織り込んでくる。
それが又、怖い。
絶対これ『怪談会』だと思う程に。
彼もノリノリで隣に正座しているが、
この際、この人が 全国規模 での
『スーパースター』だとか。そんなのは
もうどうでも良くなっていた。
薄暗い本堂の中に、僕らの他に『客』は
誰もいない。
『法照寺』は、この地域に於ける、
絶対になくてはならない寺 には違い
ないのだ。でも、時代の波は此処にも
容赦なく押し寄せている。
「…なので【東櫻岾】の踏切には今も
『首のない女性の霊』が佇んでいると
言われております。私も折に触れて経を
読んではいるのですが、目撃する人が
後を絶ちません。誰ソ彼刻には特に。」
「…うわ…怖ぇ…!」隣で藤崎さんが
不謹慎な声を上げる。
これ、『説法』だよね?
というか、絶対にこの二人。楽しんで
やってるだろう? 仕事は何処に?
僕は痺れかけた両足の先を気にしながら
端正な彼の横顔を盗み見る。
見た目も良い。仕事も出来る。まさに
『スーパースター』の、感性 とは?
かなり周りと隔絶したものには違い
ないのだろうが。
「その怪談の女性ですが、実在していた
人物と、そう理解していいんですよね?
御住職が今でも定期的に読経をされて
いる、って事は。」
と、突然。彼が急に間合を詰めた。
この 振れ幅 がまた凄い。
「え、ええ…まぁそうですね。確かに。
只…でも…そうですね、もう昔の事で
今は誰もいないから。」麻川住職は
そう言うと『踏切に佇む首無し女』の
怪談について、補足説明を始めた。
「但し、この話を聞いた貴方がたも
後で読経を。何せ本当にあった悲惨な
話ですからな。」
僕は逃げ出したかったけれど、それは
足の痺れで既に感覚を無くしていた事も
あって、どう足掻いても無理だった。
麻川了然は一つ乾いた咳払いをして
話し始めた。
「それは、この地域が古くからあまり
良くない場所だと言われていた頃から
始まっておるのです。
この町は此処、【櫻岾】を中心にして
人が住むようになったが、元々は魔所と
呼ばわれる地域だったのですよ。
この山には恐ろしいモノが巣食っており
ソレを封じ込める為にこの『法照寺』が
建立された。
化け物寺というのは強ち揶揄の類では
なく実際にその用を成す為の呼称でも
あった訳です。私も家族も既に慣れては
おりますが、寺での日常にも怪異は
容赦なく入り込んできますよ。
さて、この山の入り口には貴方がたの
『櫻岾支店』が店を構えているが、元々
ある特別な一族が屋敷を構えていた。
それは『岾塞』とも『陌護』とも呼ばれ
代々に渡り、山から降りて来る良くない
モノ が、里へと入るのを防ぐ役割を
果たしておった訳です。
只、この国も幾度かの戦争を経験し
国土の多くが焦土となった。その経緯で
一族は家移りを余儀なくされた。そして
新たに居を構え直したのが、あの大きな
御屋敷です。そう、その一族は代々
『護摩御堂』と名乗っておりました。」
そこまで話して、麻川住職は冷めた茶を
口に含む。
僕は背後に途轍もない悪寒を感じて、
思わず隣の彼を見た。
「……。」相変わらず端正な顔に
ドキリとする笑みを浮かべている。
怖くないのかな、流石だな。
そんな事を思っていたら。
「ガチでクソ怖ぇ…‼︎それマジですか⁈
それって…!」震えながら興奮してる。
「いや、マジですよ?藤崎さんも見たと
思いますが、駅から此処に来るまでの
あの御屋敷ですよ。」
「……。」住職まで、マジ とかって。
「じゃあ、その『首のない女』って!」
彼の興奮は、怖さなのか歓喜なのかよく
分からない。わかりたくもないけれど。
「はい。【東櫻岾】の踏切に立つのは
護摩御堂雪江様でしょう。彼女はあの
踏切で亡くなられたのですから。
あれは彼女の母親、桐枝刀自の丁度
三回忌の明けでした。」
住職はそう言った。
僕はその 彼女の最期 を想像して、
目の前が俄に 暗転 した。
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