第13話 太白星、放任す

その知らせには皆が驚いた。いや、

もう此処最近では 驚く事 に

かなり慣れてはいた。

それでも小田桐支店長以下、支店の

誰もが色めき立った。


『櫻岾支店』の法人口座は現在、

二つしかない。何方も個人経営の

零細で、営業性個人口座と言っても

強ち間違いではない。つまりは

資産規模も然程ある訳ではないのだ。

 だから僕が知る限り 難攻不落 の

『宗教法人 真言宗豊嶺山法照寺』

住職の麻川了然が、何とウチに口座を

作りに来てくれたのには、皆も驚きを

隠せなかったのだ。


勿論、口座の作成は至極、真っ当な

手順を踏んでなされた。



それとは別に。相談ブースで今、僕は

麻川住職と机を挟んで相対していた。



僕の横には藤崎さんが、相変わらず

精悍な顔にイイ笑顔を浮かべて、

如何にも 保護者然 とした態度で

座っている。


「…そういうのは今まで全く考えて

来ませんでしたから。」麻川住職は

そう言うと、禿げた頭をつるりと

撫で上げた。

 「……。」僕は思わず隣に座る

藤崎さんに、目で助けを求める。


事の経緯は、通帳が出来るのを待つ

間に運用提案をする運びとなった。

 てっきり藤崎さんが話すのを僕が

聞かせて貰うとばかり思っていたが

どうやら彼の中では違ったらしい。


「すみませんね、御住職。コイツまだ

見習いで。是非とも勉強させてやって

下さい。」「…いや私は金融経済の

事は素人ですからな。何をすれば

いいやら皆目見当が付かない。」

「それはコイツの仕事ですよ。何せ

プロですからね。」彼は勝手に話を

進める。そしてハードル上げる。


「岸田さんも、お若いのにしっかり

された方の様に見受けられます。

藤崎さんの教えが良いのでしょう。」

「あ…いえ。」彼は関係ないです。

そう言いたかったが。


「そうそう。NISAってどうですか?

最近、よく話題になっていますが。

檀家さんでも始めた人がいて。」

「NISA、ですか。」非課税だから。

いいとは思うけど、何処から話したら

良いのか。

 利益に対しての二十%程度の課税が

丸々されなくなる制度だけど運用額の

上限が決まってて…。


「投信で運用すんなら、積み立てから

始めてみたらどうですかね?」

 彼が言った。見た目と相当違わず

せっかちなのだ。僕に振ったが黙って

いられず口を挿んだのだろう。


「積立NISAだったら年間百二十万。

そこで出た利益に課税はされないし、

『日経平均株価』とか御住職もよく

耳にされているでしょう?

 日本株のインデックスファンドなら

それと同じ動きをしますが、基本

あんまり値動き気にしなくていいです。

下がる局面があって初めて成り立つ

モンですから。」


 彼は華麗に言い放つ。そして多分

こっちが本命なのだろう。


「それよか、御住職。着任以来ずっと

気になってたんですが。駅までの間に

物凄いお屋敷あるじゃないですか。」

「ああ、あのお屋敷は元々【櫻岾】の

大地主の屋敷でね。今は誰も住んでは

いませんよ。寺で管理しているんですが

これが又あの規模ですから、結構

ホネでしてね。」


麻川住職は、案外すんなりと話に

乗ってきた。


「管理する、ったって。業者入れないと

庭の手入れだって、それだけでも里山

並みじゃないですか。」

「勿論、そうですとも。個人では

とてもとても。」

「…て事は。管理費用なんかは現在の

所有者から?」


結構、グイグイ行くな…そんな事を

思いながらも僕は『日経平均225』の

資料をパソコンから印刷するのに

集中していた。

「それじゃない。」と、彼が言う。

「積立NISAの方。と、比較でダウ。」

「あ、はい!」よく別の話をしていて、

そんな所まで目が行くものだと僕は又

酷く感心した。


「…そうですな。所有者というか、

その代理人みたいな。管理費用は

定期的に頂いてはおりますが、それも

司法書士事務所からです。」

「そうですか。あの、もしご面倒で

なければ今日作った個人口座の他に

宗教法人の口座も作りますが。

 定期的に入るモノがあれば是非、

法人でも積立しませんか?NISAは

使えませんが積立効果は得られます。

如何でしょうか。」

「それもそうですね。ちょっと先方に

振込先変更お伺いしてみましょう。」


僕は何だか手品でも見ている様で、

愕然とした。そう、この時の気持ちは

 愕然 が正しい。


下手なロープレ見ているよりも遥かに

予定調和。


 これが『スーパースター』の

        営業 なんだ、と。










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