第12話 御頭領

マジで。いや、本当にマジで。


本気で肝を冷やすとか今までも

ない訳じゃなかったが、今回ばかりは

マジでビビった。

 あの『聖徳太子の群れ』。ちゃんと

五億人いたのには、ビビると同時に

心底感謝したけどな。



それはそうと。

店の金庫の奥にある『開かずの間』。


『護摩御堂家』の貸金庫だった、って

言うぐらいだ。絶対にあの旧札五億は

中にあったんじゃねぇのかな。…って

何だか最近、普通に 怪奇現象 が

頻出し過ぎて、もう正常性バイアス

おかしくなってるだろ、俺。


小田桐支店長は絶対に開けるな、って

引き継ぎ受けてるからアレだが、

開けるなと言われりゃ余計気になる。


ま、俺の やる事リスト には

こっそり入れておく。



そして俺は今、六本木に来ていた。



同期の田坂優斗と会う為なんだが、

別に奴と旧交を温めたい訳じゃなく、

所謂 大事な打合せ と 情報交換。

 田坂とは入行初任店も同じだった

せいで、今迄ずっと付かず離れずの

微妙な間柄だった。ヤツは 法人営業

俺は 個人リテール と、住む場所は

違うものの、この只でさえクソデカい

派閥の波を上手くやり過ごすには、

互いが持つ情報の交換と共有は実質

不可欠だった。



そういや、六本木なんか最近は滅多に

来る事もない。

 以前は客の職場まで態々ヒルズへ

出向いたりもしたが、今は裏山の

『化け物寺』が精々だなんて、笑える。

笑えはするが、それはそれで俺的には

結構、気に入ってる。


指定のカフェバーでそんな事を考えて

いると、田坂が早速、窓の外から俺を

見つけて店に入って来た。


「久しぶりだな。元気そうで何より。

待ったか?」田坂優斗はそう言うと、

俺の向かいに座る。

「いや、別に。」「そうか。」

適当にスマホで注文して カゴ に

入れる。ま、楽と言えば楽だが。

 最近は大体がメニューも無ければ

オーダーもない。勿論、店員も態々

席まで注文を取りには来ない。

会計だってクレジットで落とせるから

スマートと言えば、然り。

「…。」俺はつい先日の旧札勘定の

阿鼻叫喚を思い出して、思わず口元が

緩んでしまう。


「なに笑ってんだよ。お前のその

笑い、結構ヤバいからやめとけよ。

都落ちして地味になったかと思いきや

『スーパースター』は御健在で。」

「うるせぇよ。」口の減らない奴だ。

「それよか、こっちまで漏れ聞こえて

来るんだが、【櫻岾】で五億円て。」

「マジかよ…管轄全く別エリアだろ。

しかも高々、五億なんぞ騒ぎ立てる

額じゃねぇだろ。しかも…。」

 言った所でオーダーが運ばれて来て

一瞬、無言になる。


「…先ずは、スーパースターの活躍に

乾杯するか。」田坂はそう言うと、

ヒトのグラスに勝手に自分のグラスを

カチンと当てる。

「まだ何もしてねぇよ。それよか…。」

あの 怪奇現象 の数々を田坂にも

話そうかと思ったが、やっぱりやめた。

コイツに話して聞かせても、どうせ

尾鰭が付いてエラい事になるのは

大体、予想がつく。


「…それよか頭領の七回忌。奥方は

派手にしなくていいって言ってたけど

そうは行かねぇだろ。」

「それな、奥方そういうの苦手だから

こっちで仕切ってやらないと。まだ

先だと思ってたら、あっという間だ。」


『頭領』もとい、小淵沢芳邦。


今は亡き、初任店の支店長だった

ガチで『物凄い人』だ。

有能剛腕、見た目も剛毅。あの世代に

珍しく、身長百八十センチは軽くある。

西の生まれで関西弁を絶対にやめない

勇猛大胆にして懐の深い、まさに

俺らの『オヤジ』である。

 子供のいない小淵沢夫妻にとって、

特に田坂と俺は息子のように可愛がって

貰った経緯がある。勿論、彼の

未亡人ともいまだに交流があった。


「…それにしても。あっという間だな。

俺ら入行してもう十年にもなるか。」

田坂がしみじみと言う。


「わりと自由にやらせて貰ったと思う。

でも、それも 上 の理解度と覚悟で

どうにでも転ぶだろ。俺らは『運』が

良かったな。初任が頭領んトコでよ。」

「諒太は問題児だったからな。もし

初任配属が頭領の所じゃなかったら

『スーパースター』は出なかった。」

「ヒトの事、言えねぇだろ。お前も

証券の方と協働で何かスゲぇTOBに

噛んでんだろ?いずれ朝刊の一面、

楽しみにしとく。」


「……ああ。」田坂はそう言うと

複雑な顔で微笑った。




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