第10話 行内限

 まぁ確かにな。


この店で最も預けてる客の残高が

一億にも満たないのにはガッカリも

した。確かにガッカリはしたが…。


 いきなり五億は、ぶっ込み過ぎ!


しかも お化け って存外、無茶苦茶

やって来やがるんだなと初めて知った。

 普通に考えれば、あり得ないミスか

トラブルだろうけど。


これ、絶対に『護摩御堂』家の

  仕業だろ。しかも雪江サンの。



お化けのクセに預金するな、なんて

俺はケチな事は言わない。

でも 葉っぱのオカネ とかマジで

困るんだよなぁ。ホントマジで。


《元は、両替商から成っとるんや。

絶対に収支合わさなあかんぞ?》って

一番最初に『頭領』から言われたっけ。




「支店長、金庫内の現金精査を。

俺が一緒に見ますから。」

 半ば震えながら呆然としている

小田桐支店長に声を掛けた。

「腹、括りましょう。支店長。」

「そんな…藤崎君…。」一瞬、何かを

言いかけた支店長は、それでもすぐに

冷静さを取り戻した。

「済まない、着任早々に…こんな。」

「別に何か悪事を働いた訳じゃないし

管理が甘かった訳でもない。

 俺らが出来るのは粛々と 事実 を

確認してく、それしかないでしょう。」


それはそれで、スリリングだよな。


「そうだな、済まない。宜しく頼む。」

漸く気持ちを落ち着かせた支店長は

事務課に追跡調査の指示を出すと、

俺を伴って金庫へと向かった。


銀行の『金庫』というのは 部屋 だ。

昔は重要顧客の貸金庫も兼ねていたと

いうのも何となく頷ける。

【櫻岾支店】の金庫室は店の構えに

反して、規模としては 母店 並みに

大きかった。


「…え?」丁度、現金を収納してある

区画に来た時だ。


 キャビネット上に、場違いな木箱が。


「何ですかこれ。こんなのありました?

ここに。」「…いや。」古い木箱だ。

「開けましょう。」「え……ああ。」

小田桐支店長は酷く厭そうな顔をしたが

そこはもうサックリ無視で、俺は木箱の

端に手を掛けた。そして一気に開ける。


「これが 現物 って事ですかね。

多分、五億あるんでしょう。」


ま、ある程度コレ見た瞬間、予想は

していたが。古い木箱の中には万札が

ギッシリと入っていた。

     但し、『聖徳太子』の。

朝、見た時にはこんな木箱はなかった。

一体、どこから現れたのやら。



「藤崎君。」押し黙っていた支店長が

突然、意を決した様に口を開いた。

「…実は君には話していない事がある。

代々、支店長間での引き継ぎ事項で、

本来ならば君は聞かなくてもいい事だ。

 だが…今回の事も含めて、君にも

共有させて欲しいんだが、聞いては

貰えるだろうか?」

「構いませんよ。」俺は即答した。

小田桐支店長は頷くと、金庫室の更に

奥へと俺を誘った。


現金収納のキャビネット、顧客書類や

資料その他諸々の棚を過ぎたところ。

本来なら、どん詰まりの壁がある。だが

 目の前に現れたのは、蔵みたいな

漆喰で固められた一画と、その 先 を

予想させる 引き戸 だった。

 「…これは?」「昔、店がまだ土地の

地権者と昵懇だった頃の名残だ。今は

『開かずの間』になっているが、元の

用途としては護摩御堂家の貸金庫だ。」


何か今、素敵な パワーワード が

聴こえた気がしたが。


「此処、いつから開けてないんです?

てか、最後に開けたの、いつです?」

「少なくとも私は開けてはいない。

着任して二年にはなるが。それに…。」

支店長は言い淀んだ。

 「?」「そもそも『鍵』が消失して

いるんだよ。」「じゃあ、マジもんの

『開かずの間』じゃないですか!」

「本来なら、契約者が亡くなった時に

法定相続人立会いの下で解錠されるが

それも相当に過去の話だ。」

「記録とかは?誰が立ち合ったとか。」

「…分からない。敢えて調べた事も

なかった。しかも、支店長間の引き継ぎ

事項として

      決して、開けるな と。」「……。」


「中には何もない、と。そう信じたい。」


小田桐支店長はそう言うと、困った様な

それでいて酷く陰鬱な笑みを浮かべた。









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