第9話 心霊写真

結局のところ、法照寺からはぐるっと

山を廻る貌になった。そして支店から

二駅隣の『東櫻岾駅』から電車に乗って

漸く僕らは店へと帰還した。



途中、あの『護摩御堂』家の屋敷が

あったが、勿論『鯨幕』は張られて

いなかった。


『鯨幕』なんか張られる訳がない。


僕はあの日、それを 証明 しようと

表に飛び出した。確かに『鯨幕』は

なかったが…。

 三浦さんを失ったのは、僕の軽率な

行動が原因だったのではないか。

確かに 見た というものを、僕が

否定してしまったのだ。

 心の奥に仕舞い込んだ筈の罪悪感は

時折頭を擡げては僕を苛んでいた。





「皆んなにも見せてやろうぜ。」

        彼 はそう言った。



『護櫻』が、枝の先端を薄い桜色に

染めながら僕らの帰還を迎えてくれた。





「イャあああぁ…‼︎ これ、撮ったの

岸田?お祓い行きなよ‼︎ 早くッ!」

畠山さんの絶叫が店中に響く。

『法照寺』の墓地で『護摩御堂家』の

墓石を撮ったカットを、藤崎さんが

皆に見せびらかしたのが原因だ。

 守本さんがいたら、更に大騒ぎに

なったろう。営業廻りで外に出ていて

本当に良かった。


「畠山もそう思うだろ?これ絶対に

心霊写真ってヤツじゃねえかな。」

「嫌だ!こっちに見せないで下さい!」

畠山さんが尚も言うが。

「…心霊写真?」小田桐支店長まで

見にくる始末だ。


「これ、護摩御堂家の墓所で撮った

一枚なんですけどね、岸田が。」

彼は一言余計に付け加えた。

「業務用の携帯で、それはちょっと

やめて欲しかったな。」支店長はそう

言うと困った様に笑う。


大体が、あまり来店客もない店だから

和気藹々とはしている。それは別に

悪い事ではないけれど。



「…支店長!」テラーの川辺さんが

血相変えて営業課に飛び込んできた。

「どうしました?」「あの、ちょっと

変な勘定があって…見て貰っても

いいですか?」

 川辺さんはベテランだ。その彼女が

慌てる所など見た事がなかっただけに

今まで『心霊写真』で盛り上がって

いた僕らも、一体何が起きたのかと

不安になった。


「…これ。見て下さい。」川辺さんが

パソコンの画面を指しながら言う。

小田桐支店長が横から覗き込んで、

「……え。」絶句する。


「何なに?俺にも見せて下さいよ!」

一人だけ別の空気感の彼が、支店長の

更に横から画面を覗く。


「スゲェな!何処の誰だよ、こんなに

預けてったの!」「違うんです!

私、こんなの受けてない。時刻も見て

下さい!」川辺さんが取り乱すのは

入行以来初めて見た。守本さんなら

しょっちゅうだけど。


「へぇ…こっちもホラーだな。」

彼の凛々しい表情が更に引き締まる。

そして隣のパソコンを使って何やら

照会し始めた。

「口座作成と入金を同時に受けてる。

しかも、この店の窓口で、って事に

なってるが…架空口座がいつの間にか

勝手に出来ました、って言って監査が

納得する訳ねぇよな。しかも…。」


「何が…あったんですか?」完全に、

出遅れた。でも知りたかった。


「俺らが『心霊写真』で盛り上がってる

間に、勝手に口座が新規で作成された。

挙句の果てに五億も入金してる。それも

現金扱いで、だ。」

「え⁈ そんな…お客さん、誰も来て

いなかったですよね?」


それに五億…って。五億円…って事⁈


小田桐支店長の狼狽振りを見るに、

決してそれが店にとって良い事では

ないのだと、漸く理解が追いついた。


 収支が合わなくなる。


       いや、それ以上に。


五億円もの入金があれば、しかも

現金で入金されたとなれば、色々と

確認が必要なのは習ったばかりだ。

マネロンとかKYCとか。

 それに何より 現物 がないのでは

これって一体どうなるんだろう。


ネットで口座作成して何処かから

振込んだ訳じゃないのは、さっき彼が

照会した事で明白だった。

そもそも、時系列がおかしくなる。


データが勝手に独り歩きをしている?

それはそれで、由々しき事態だろう。

しかも、五億円も。


「…面倒臭ぇが、現金総洗いだな。

それと、印鑑とか本人署名の写しは

確認した方がいいな。本人確認書類、

ナニ使ったのか是非とも知りてぇし。


  なんせ、口座の名義人がコレ又

まさかの    

    護摩御堂雪江 サンだ。」



彼はそう呟いた。






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