第8話 法照寺

【法照寺】には現在、住職の麻川了然が

家族と共に住んでいた。

       …この寺が…又。


掃除などは小綺麗にされてはいるが

微妙に薄暗い本堂に、庫裡の古色然と

した雰囲気やら。怪談がよく似合う

枝垂柳を配した裏の墓地やら。

 これ又どこまで俺の ド真ん中 を

ブチ抜いていくのやら…。

 聞けば、鎌倉時代から存続してきた

由緒ある寺だそうだ。

 もう還暦半ばを過ぎた麻川住職も

金融リテラシー含めて案外マトモに

話の出来る御仁だった。


実は、いつ『護摩御堂』家についての

話を切り出そうかどうしようか…かなり

迷って結局、今回はやめにした。




「…有難うございます。俺、時々ここ

来させて貰ってもいいですか?」

 いやマジでそう思ってる。この寺の

雰囲気もう最高じゃねぇか。ついでに

宗教法人メイン化推進も出来んなら

御の字だ。

「それは構いませんよ。でも、こんな

化け物寺の一体どこが良いのかな。」


『化け物寺』…‼︎ パワーワードきた!


「こういう雰囲気全般!本当に心底

憧れると言いますか…御住職のお話も

凄く勉強になりましたし。今となっては

この異動には感謝しかないです。」と

しみじみ言った所で、使いに出していた

岸田が仏頂面で戻って来た。


「…良かった。はぐれちゃったので

こちらじゃないかなと。」一年坊主だと

思ってたら案外やるじゃねぇか。まるで

今やっと俺を見つけたような顔で。

「あぁ、すみません。まだ土地にあまり

慣れてなくて。すっかりお邪魔して

しまいました。是非また店の方もご利用

下さい!」


俺はしっかり頭を下げると、岸田を伴い

本堂を辞した。




「撮ったか?写メ。」切通しの緩い坂を

法照寺から更に歩いて行くと【櫻山】の

頂上に着く。公園、って程のモンでも

ないが、ちょっとしたベンチなんぞが

置かれていて 憩いの場 になって

いるのが伺える。

 然程の高さはないものの、そこからは

町全体を見渡す事が出来た。


「撮りました。」相変わらずの仏頂面で

岸田が応じる。そして携帯を寄越す。

「どれ。」渡された携帯写真は、一枚目

墓地全体の広角カット。そして次が

『護摩御堂』家の墓を正面から捉えた

カット。角度を変えて数枚。

「スゲェな墓にも瓦屋根付いてんのか。

しかも塀まで巡らされて。まるであの

屋敷の縮小版だな。」武将とか文豪とか

そういう人の墓で、こういう型式は

見た事がある。写真でだけど。

「裏の方にまわるの、苦労しましたよ。

何だか見ず知らずの他人の家に土足で

入るみたいで物凄く嫌でしたけど。」

「よく頑張った!」恨み言はスルー。


確かに、裏に周るのは物理的にも

骨が折れたろう。メインの墓碑のほか

仏塔、卒塔婆やら、諸々ある。

 後でコーヒーでも奢ってやるか、と

思いつつ。


「…最も直近に亡くなったのが、この

護摩御堂雪江って人か。昭和五十五年

二月十八日、享年四十歳。ここで

係累が途絶えた、って事だよな。」

 誰に言うでもなく独りごちる。

「一応、他にも『護摩御堂』って

碑銘のあるお墓を撮ってあります。」

「おぅ、有難うな。ホントは寺の

過去帳みたいのがあるといいんだが。

まぁそれも追々…って、ん?」


  何だこれ。


「岸田。お前コレ撮った時って他に

誰かいたか?墓参りに来た人とか。」

「え…いませんでしたけど。って

藤崎さん。変な事を言って脅かすの

やめて下さいよ?」声が若干震えてて

クソ受ける。

「いいから見てみろ、この墓石の横。」

別に脅かしてる訳じゃない。単なる


       再鑑作業 だ。


脅かして何か良い事あるんなら別だが

コイツ脅しても何のメリットもない。


「い、嫌ですよ!その業務用携帯は

もう藤崎さんにあげますから!代わりに

そっちの下さい!まだ登録設定とか何も

してないでしょうッ⁈」

 お、岸田が振り切れた。涙目に

なるなよマジで。

「泣くな、いいから見てみ。これ。」



それは『喪服を着た女』に見えた。

幾つかの墓石を広角めに撮った一枚。


 その『女』は、絶対に有り得ない

角度から半身を乗り出して。



こっちをじっと見つめていた。






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