第7話 廻る太白星

その日は朝からとても緊張していた。

彼 に『櫻岾支店』の周辺を

案内する事になっていたからだ。


都落ちとはいえ『スーパースター』に

直接学べる機会は貴重だと思うけれど

僕の心の中は只々 緊張 ばかりが

大きく膨れ上がっていた。

            そして


僕が出勤した時にはもう既に『彼』は

自席で何やら仕事をしていた。

 店の解錠は支店長の仕事だったから

きっと支店長の次ぐらいには早く出て

来ているのだろう。




すぐに顧客に新任の挨拶をするのかと

思ったが、意外にも『顧客リスト』と

連日、睨めっこをしている。


着任当初のギラギラした感じは保ちつつ

いつの間にか店の空気に馴染んでいたし

ギラギラしてはいるものの、彼に対して

違和感を持つ者はもう誰もいなかった。


きっと、そこが 一流の営業 たる

所以なのかも知れない。




「…あの、お早う御座います。」何だか

矢鱈と真剣な眼差しで、『リスト』と

『地図』とを突合させている彼に、

僕は控えめに声をかけた。

             が。


「お。岸田センパイ、今日ヨロシク!

めっちゃワクワクする。先ずは寺から

行こうぜ!」「寺って…法照寺ですか?

あそこはウチに口座ないですよ。」

「は⁈ 口座もねェくせに、なに逃げ

込んでンだよ。作らせようぜ、口座!

『護摩御堂屋敷』を管理してんだろ?」

彼はとんでもない事を言い出した。

 法照寺は、宗教法人とも個人とも、

全くウチとは付き合いがない。


「今まで歴代の営業が追い返されたと

聞いていますけど。僕も郵便受けに

名刺を入れて来るのが精々で。」

「あ?お前わざわざ出向いてんだろ?

なら、何かしら持ち帰らねぇと。な!」

言うと、彼は煌びやかに笑った。





僕らは店の出入り口から『護櫻』の横を

百八十度折れて、切通しの緩い山道を

徒歩で登って行った。

 本来であれば『彼』の職級は車を使う

事も出来るのだが、どういう訳だか

徒歩を選んだ。


勿論、僕は従うだけだ。



「…へぇ、もしかするとこの町って

徒歩でも廻れちゃう?」彼が質問、と

いうよりも自分で納得する様に呟く。

「小さな町ですから。元々がウチの店、

ここら辺の地主の為に作られたような

ものらしいって三浦さんから聞いた事が

あります。」「護摩御堂か。以前には

融資とかあったのかな。今は誰の名義に

なってるのか、ってのが肝だ。寺が

『管理してる』って事は、だ。所有者が

別にいるってコトじゃねぇのか?」

 彼はそう言いながら切通しの緩い坂を

いつの間にか登り切ってしまった。


僕は少し息を切らしていたが、それを

彼に知られるのは嫌だった。




『法照寺』は緩い坂を登り切った所に

門を構えていたが、周りは鬱蒼とした

山の木々と藪のせいで昼でも薄暗く、

寺としての佇まいも一般的なそれとは

大きく異なっていた。


「……。」彼は門から先の本堂、そして

更にその先に位置する『墓地』へと目を

凝らす。

 その横顔も凛々しくて、僕は又もや

居た堪れないような気持ちになった。


  だが。


「お前さ、『護摩御堂』の墓所に行って

写メって来いよ。」彼の言葉に僕は

心底、慄かされた。

「嫌ですよ、何でそんな!」それって

いいのか?勝手に。罰が当たるのでは?

「それか、お前が口座作成の交渉に

行くか。別に俺、どっちでもいいぞ?」


「…。」そっちの方がハードルが高い。


「わかりました。護摩御堂家のお墓を

写メって来ますが、それって、本当に

大丈夫なんですか?」肖像権…とか。

「心霊的なハナシ?」「いや、それも

そうです…けど…。」それ、今言う?

何だか余計にテンションが下がる。


 僕はオカルトの類は信じない。そんな

事があってたまるか。でも。


「バチとか…当たりませんよね?」

「知らねぇよ。写メは、墓石正面と横。

あと後な。文字書いてあるから、ソレ

大事だから。他に傍系の墓や、お前が

気になったトコもな。じゃ、ヨロ!」

彼はそう言いながら本堂の方へと一人

歩いて行ってしまった。




僕はここに来て急に、心細くなった。


確か、実家の墓参りの時に婆ちゃんの

墓の前で記念写真を撮ったよな。

そんな事を思い出しながら、僕は寺と

山との境界線へと進んで行った。


思っていたよりも、墓地は広かった。


広いだけでなく、木々や藪草のせいで

薄暗かった。お約束の枝垂柳もある。

「…早く藤崎さんに合流して、一流の

営業トークを聴かないと…な。」

誰に言うでもなく呟く。

            と、突然。


目の前に、まるで城跡のような

『護摩御堂』家の墓が。


まわりの墓を従えるように、目の前に

荘厳な 姿 を見せたのだった。






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