第6話 隠世勤務

とんだ 素敵な店 に異動になった。

最寄り駅からはかなり歩くが、その

過程がまさに『迷家』に嵌まり込んで

行くみたいで、何ともドラマチックと

いうか何というか。

  正直、かなり気に入っている。


        だが。


支店長との面談後に 紙 で貰った

『顧客リスト』は、想像していたより

かなりヤバかった。


そもそも、店で最もデカい客の残高が

一億を切る なんて、

今まで一度も経験した事がない。

 しかも客の持ってる運用商品が大方

国債やら終身保険。そうかと思えば、

何故⁈ と思う様なハイイールド債とか

新興国ソブリンだとか。

 しかも終身保険なら標準一千五百は

常識だろう。何なんだよ、二百って。

五百ですらねぇなんて。

 売ったヤツも買ったヤツも。一体

どういうセンスしてんだよ……なんか

スゲェ気持ち悪い。ってか怖ぇよ!


 それもさる事ながら。


初出勤の電車の中で見た『喪服女』と

そいつが落として行ったであろう

『護摩御堂』宛の古風な手紙。それを

届けた時の駅員の過剰な反応。

 誰も住んでないのに、ある日突然

『鯨幕』が張られて、それを見た奴が

仕事を辞める…っていう、何だかよく

わからん曰く付きの馬鹿デカい廃屋敷

イコール『護摩御堂』か。


結構、ホラーじゃねえかと思ったら、

実はもっとあるらしい。


       『櫻岾の怪談』が。


それは俺の歓迎会の 二次会 で

連れて行かれた、コレまた雰囲気の

凝った『居酒屋』で聞かされる事に

なった。




「…で。先ずは『護摩御堂』家の鯨幕。

あれを見たら、迎えに来られるって。

応じてしまうと葬式の参列者とされて

現世に戻って来れないそうですよ。」

 畠山美雪がそう言って肩を竦めた。

事務課所属だが、営業課の奴等の方が

年齢が近いせいか、よく絡む事が

多いらしい。



この『妖怪屋敷』みたいな居酒屋も

彼女の 行きつけ だ、っていうから

最近の若い子は侮れねぇな。

 食事を出すクセに『行灯』みたいな

間接照明に、破れた障子張りって。

雰囲気もう絶対ヤバいだろ。でもって

尤もらしいコンセプトがある訳じゃ

なく、コレが 常態 だってんだから

しかも、個室の仕切が『屏風』って。

何なんだよ…。

       


「三浦さんも、ソレみちゃったから

消えたっていう…。」「守本さん!

そんな滅多な事、言わないで下さい。」

 営業課の二人、守本隆弘と岸田悠輝。

コイツら本当に仲良くねぇだろ。

特に一年坊主の岸田の方が呆れてるのが

クソ受ける。


「その、三浦サンて人が俺の前任者?」

軽く質問入れて、引き離した。

「そうなんっすよ、ある日いきなり店に

来なくなっちゃって。確かに忙しくは

してたんですけどねぇ。」守本が言う。

「この店で忙しいもナニもねぇだろ。

そんな事より、その三浦サン。マジで

見たのか?『鯨幕』を。」

「見た、って聞きました。凄く怖がって

いたんです。僕も見たくて、外廻って

くるついでに見に行ったんですが、もう

なかったんです。」岸田悠輝がそれに

続くが。

「お前、本当に勇者だよな!よく見に

行こうとか思うよ。」「だって、それ

確かめたいじゃないですか。」

「俺はやだよ。絶対!」「…まあまあ、

二人ともやめなってば。」苦笑しながら

畠山がいなす。案外いいトリオかもな。

 

「で? 他の怪談も教えてくれ。」

「あ、はい。後は法照寺に向かう山の

切通しを憑いてくる何か良くないもの。

追いつかれると一生付き纏われるとか

死ぬとか。」畠山が続けるが。

「死んじゃうの?」「はい、死んだ人は

まだ見た事ないですけど。」

 そうだろうな、死人に口なしだから。

「でも、追いかけられた人は。」

「え?」 …いるのかよ。

「法照寺の人が慌てて店に駆け込んで

来た事がありましたね。」「マジ?」

「あ、それ俺も見たよ。去年です確か。

駆け込み寺みたいな。」守本が、面白い

事を言った風に付け加える。


「へぇ、後は?」ここは軽くスルー。

「藤崎さん、ここに来る時に踏切渡って

来られたと思うんですが、あそこの側に

もう一つ踏切があって。そこに首のない

女の人が立ってる、っていう。」

「首ねぇのに何で 女 ってわかる?」

「それは…体型とか?それに喪服を着て

いるって。」

        喪服? 何この符合。

 俺が見た時には首、あったけどな。


「…喪服女ね。それはどういう事を

するんだ?」「只、立ってるだけです。

そもそも、山の上には法照寺の墓地が

あるんです。」「…墓地ねぇ。」



まぁ、ここら辺を早々に廻りたいとは

思っていたのだし。



「岸田。明日この店の周辺と顧客先、

案内してくれ。」


  なんか益々、楽しくなってきた。






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