第5話 太白星、煌る

 本当に驚いた。


実際『あんな人』見た事がなかった。

見た目だけでもかなりの強者とわかる。

スラリとした体型だが決して細過ぎず

かといって、変に筋肉質でもない。

 スーツだって、絶対に量販店とかで

買ってない。逆に、スーツの方が彼に

着られてる様な感じだった。


 同性の僕ですら釘付けになるほど、

超がつくほど『格好良い人』が。


そんな人が、店の入り口の『護櫻』を

惚けたみたいに見詰めている様に

何だか変に居た堪れなくなって、つい

声をかけてしまったのだ。


「ここの人?」ちょっと訝しそうな

顔も又、相当に強い。こんなに整ってて

良いのかと思うほど整っている。


彼が噂の『凄い人』だっていうのは、

名乗られる前から何となく想像はついて

いた。だから僕は慌てて支店長の所へ

案内したのだが。


店の中へと入った瞬間。


全員の目が僕等に釘付けになった。

勿論、皆が注目しているのが僕じゃ

なくて『彼』なのだという事は充分に

承知していた。

 一方の彼は、そんな視線を全く無視で

支店長室の中へと消えて行った。


営業課だけでなく、事務課の者までが

皆彼の姿を目で追っていた。




そして今、僕は支店の皆に取り

囲まれていた。

「…いや、あの人がまさかの『都落ち

スーパースター』とはね。さすがによく

言ったもんだよ。お前、何か話した?」

 早速、既に 負け感 を漂わせた

守本さんが聞いてくる。

「いえ、ご挨拶だけで。」そもそも、

彼は僕のことも眼中にはない様だった。

「ホントにイケメンだった‼︎ もう!

毎日が楽しみ!」畠山さんは最大限に

テンションを上げている。

「あのテの人は、割と事務に疎かったり

するから。何かあれば親切に教えて

あげないとね!」ベテランテラーの

川辺さんやロビー担当の橋本さんまでが

営業課に遠征して来ている。


 店に誰も客がいないのを良い事に。



そんな事をワヤワヤやっていたら、突然

支店長室の扉が バン、と開いた。


「……。」一瞬の沈黙。皆が息を呑む中

『彼』が。まるでロックスターみたいに

ど派手に姿を現した。

「岸田悠輝って、お前?」…え、僕⁈

突然の指名に、更に固まる。



「ああ、丁度よかった。皆さんもう既に

お集まりの様ですね。」支店長室から

漸く『主』が続き、『彼』の横に並ぶ。


「こちら、本日付けで丸の内支店から

ウチに転属になった藤崎諒太さんです。

彼には主に富裕層を担当して貰います。

 あと、暫くそのままになっていた

岸田君のOJTをお願いしていますので

後で打合せして下さい。席は、岸田君の

隣で。じゃあ、藤崎君からも一言。」


皆んな息を呑んで見詰めている。


「藤崎諒太です。分からない事も多いと

思いますが鋭意精励致しますので、何卒

御指導のほど、宜しくお願いします。」


…が。至って普通の挨拶だった。寧ろ、

酷く謙虚だ。さっきの名指しは一体…?

そう思っていると突然。

『彼』が僕の隣の席に陣取ってきた。

「ヨロシク。」そしてイイ笑顔を

向けてくる。

「あ…はい。宜しくお願いします!」

余計に緊張した。


店の皆んなは、名残惜しそうに、

各自持ち場に帰って行く。



「何か、お前のOJTしろってさ。まぁ

俺は敢えて教えるタイプじゃねぇから。

適当に見て、取捨選択してくれ。で、

どの程度売ってんの?」「…え。」

「投信とか。ラップとか仕組債とか。」

「いえ…まだ、そんなに…は。」

正直、僕はまだ三浦さんの顧客相談に

同席してメモを取るぐらいが精々で。


「ま、それは追々でいいや。」

彼はあっさりと話題を変えた。

「それよか、ここに来る道すがらに

矢鱈デカい屋敷あるだろ? あそこ

マジで誰も住んでねぇの?」そして

いきなりそんな事を尋ねてきた。


「はい。あそこは僕が来た時には誰も。

かれこれ十年以上はあの状態とか。」

「十年も…って、マジで言ってる?」

「はい。」「それにしちゃ、パッと見

あんまり傷んでなかったが。親族とか

管理してるのか?」「いえ、係累が

途絶えてるとかで、近くのお寺が管理

しているって聞いた事はありますが。」

「寺。」そう言うと彼は考え込んだ。


「法照寺っていう裏の山を上がった所の

真言宗のお寺です。僕も又聞きですが、

護摩御堂家の菩提寺だって。」

「ちょっ…お前!今、何て言った⁈」

「え?菩提寺。」「違う!何処の、

誰の!」


「…護摩御堂、ですか。」


出来ればこの『名前』を口にしたくは

なかった。

       でも、それ以上に



『スーパースター』の意外な動揺は、

僕を酷く不安にした。







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