第4話 鯨幕ヲ見積ル

駅からは正味、二十分程度は歩くと

確かに聞いてはいたが。


感動的な白花の滝に出迎えられて

気を良くしたのも束の間。

『社会の公器』たるモンが、駅から

こんなに離れてどうする? と。

ツッコミ入れつつ俺は、荒地に続く

山路を黙々と歩いた。


畑の間に民家が見える。昔からの

地権者一族が多い土地の典型だ。

逆を言うと、俺が今まで全くと言って

良いほどスルーしてきた顧客属性。

まぁ、しょうがねぇか。ここは一つ

勉強 のつもりで。



横を向けば木の枝に頬を刺されそうな

距離感の中、俺はふと立ち止まる。


「…此処ら一帯の『総地主』か。」

白壁の上に瓦が載った塀。それも延々と

続いて敷地一帯を巡っている。

そもそも、敷地自体が相当馬鹿デカい。

 庭の中に 杜を抱えて いる。木も

デカい、っていうか樹齢何千年だ?

 どっかの寺かと思う程の母家と離れ、

そして蔵。蔵。蔵。納屋があるから、

元々の生業が農家で小作人らに土地を

貸して成り上がったに違いないが。

 相続税とか。どうするんだろうか。

首都圏ではないにせよ、この規模だ。

ザックリ見積もったとしても十億は

下らないんじゃなかろうか。

 

店に行けば 情報 はあるだろう。

ちょっと楽しみになってきたな。


そんな事を思いながら又歩き始めた。






そんなこんなで、漸く辿り着いた

【櫻岾支店】の佇まいは。

「……はぁ。これ…マジもん…か?」

今までのアレコレを一瞬にして消し去り

この俺をして深い感嘆のため息を

吐かせた。

      いや正直に言う。


ヤバいぐらいに 持って行かれ た。

そう断言するほど魅力的に見えたのだ。


先ず、店構えがオカシイ。一応はメガの

サテライトだろ? にも関わらずまるで

隱世の『迷い家』のそれだ。

 小さい店と聞いてはいたが、背後に

山を背負う感じが半端ない。しかも

ナニカ棲み着いてるんじゃなかろうかと

思うような桜の巨木が、入り口直ぐ側に

生えている。いや、生えてるとかそんな

生優しいモンじゃねぇな。


       店が、侵食されている。


幽玄の世界に、だ。

 これ桜咲いたらスゲェだろうな、とか

思いながら暫し呆然としていた。


「…あ。あの。」そんな事をしていたら

酷く控えめに声をかけられた。

「あ?」「…あ、いえ、すみません。」

見ればウチの名札付けてるじゃねぇか。

「ここの人?」俺も出来るだけ控えめに

尋ねてみた。

「いらっしゃいませッ!」まだ若いから

まあ仕方がないにしても。

「いや、客じゃねぇから。本日付けで

着任の藤崎です、宜しく。店長いる?」

「あ…あ、あ。はい!」一年坊主か。

名札横に『研修』のバッヂがあるから、

此処がきっと 初任店 なのだろう。


         クソ羨ましい。


俺はまだまだ惚けて見ていたい風景を

一応、私用携帯で写メると、漸く店の

中へと足を踏み入れた。





【櫻岾支店】っていうのは、実は結構

歴史のある店だった。それは現在ここの

支店長、小田桐博康との面談で初めて

知った事だ。


「…まあそんなところかな。何か他に

質問とかありますか?」一通りの説明が

済むと、小田桐支店長は困った様な

笑みを見せた。

 実際、困ってんだろうな。どう扱って

良いものやら試算してるんだろう。


「来る途中、地権者らしきデカい屋敷

見て来たんですが、あれって…。」

「藤崎君!」突如、小田桐支店長が

表情を一気に引き締めた。

「まさか鯨幕が張られていた…とか?」

「鯨幕? いえ、特にそんな事は。」

言って俺は電車の中で見た『喪服女』を

思い出したが。

「いや、それならばいい。」「…?」

ナニがいいんだ?まあ人死がないのは

いい事だろうけど。

「あの家って当然ウチの顧客ですよね?

地権者の総本家と見受けましたが。」

「ああ…まあ確かにそうなんだが、

あそこには現在、誰も住んでいない。」

「はっ⁈」嘘だろ…?


 折角いいネタ見つけたのによ。


「係累とか、誰もいないんですか?」

と、反論しかけて。ふと違和感を持つ。


支店長は『鯨幕』どうの、って今

確かに言ったよな?


「すみません、何か良さげな案件かと

思ったもので。それよりも支店長、

さっき『鯨幕』って仰いましたよね?

無人なのに葬式って。ああ見えて実は

セレモニーホール、みたいな?」

「…いや、私も見たことはないんだ。

だから正直なところ信じてはいない。

単なるジンクスだと思ってくれていい。

 ただ、あの屋敷で『鯨幕』を見ると

辞めてしまうんだ。」


 小田桐支店長は陰鬱な表情を更に

歪めてこう言った。



       「三浦君のように。」




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る