14・楽しい農園見学
夏に知り合った湖水地方でお店を構えている料理人の店長さんと、色々あってフレンド登録をしたのだけれど、ありがたいことにちょくちょく野菜を購入してもらっている。
私の畑にも何度か見学に来て、この野菜をこのくらい欲しいとか、他にどんなものがあるのかとか、来る度に色々と話をする。
やっぱりお互い野菜を扱う職種なだけあって、農家と料理人とジャンルこそ違えど共通点は多く、話は弾んだ。
そして季節が変わって秋になったので、今度もまた仕入れの相談に店長さんがやってきた。
ちなみにフレンド登録をする時に店長さんのプレイヤーネームが『ピーノ』さんであることは知ったのだけれど、最初に店長さんと呼んで以降それで馴染んでしまったので、相変わらず店長さんと呼んでいる。
「サイさん、こんにちは」
「店長さん、こんにちは!」
畑を訪れる店長さんはお店で見掛けるような料理人っぽい格好ではなく、ラフな格好をしている。夏はTシャツにジーパンだったけれど、秋になったら長袖とジーパンになっていた。どうやらあまり服装にこだわりはないらしい。
私は普段通りのつなぎ姿だ。お出掛け時と違うのは、靴がブーツではなく長靴だってことくらいかな。
「畑、見させてくれてありがとう。秋野菜も色々欲しかったから、助かるよ」
店長さんは最初はよそよそしく敬語だったけれど、今ではすっかり慣れた。たまに何故か拝んでいるような、両手を合わせて目を閉じていることがあるけれど、辿々しさはなくなった。謎の距離感があったのだ。
「ううん。こっちこそ、買ってくれて嬉しい。市場に出すのも良いけど、やっぱり実際に使ってもらって感想を聞けるの、すごく嬉しいから」
生の声ってやっぱりありがたいよね。改めて思う。
これまでも市場での売れ行きが良いこととかで野菜が好評だということは理解出来ても、こうして直に感想をもらえるのは嬉しい。頑張って野菜を作って良かったっていう、励みにもなる。
「……とはいえ、実際に畑を案内出来なくてごめんなさい」
そう。どの区画にどんな野菜があるか説明はするけれど、実際にこれから畑に行くのは店長さん一人だ。
というのも畑にはアレがいる。私の天敵のアレだ。
季節が変わったことでさようならしていることに期待をしたのだけれど、ゆりちゃんこと鈴蘭さんに確かめてもらった結果、秋でも元気に畑にいたそうだ。本当にどうして…………。
店長さんには私がアレが苦手で現在農作業が自力で出来ないことを既に伝えている。これ以上品質を上げられない農家なんて本当、農家と名乗るのが烏滸がましいくらいだよ……。
「苦手なものは仕方ないよ。でも、せめて冬はいなくなってくれるといいね」
「本当にそう」
私の畑で大きく場所を取って栽培している秋野菜は、さつま芋、ジャガイモ、にんじんだ。他にもあるが、量が少ないので市場に出して売るというよりは自分で楽しむ為や、育て方を勉強中だったりする。
にじせかではまだすべての野菜の育成が実装されているわけではない。代表的なものがほとんどだ。
野菜として市場で一定のものが売られてはいるし、存在もしているし、料理でも使える。だが、育成は出来ない。まあ、野菜の種類は膨大だし、すべてを育成可能になんてしたらまさに神の所業だ。
個人的にはレンコンを育ててみたいのだけれど、残念ながら育成の実装はされていない。
店長さんはさつま芋、ジャガイモ、にんじんを見に行っている。
ちなみににじせかのジャガイモの旬は春と秋の二度ある。それぞれ別の種芋とはいえ、こういうところもゲームって感じがするよね。ご都合主義というか。寒いところで育つものも暑いところで育つものも、等しく一カ所で育てられるというのは、ゲームならでは感がある。
店長さんが戻って来るまでの間、私は小屋で考えごとをしたり、NPCが収穫してくれた野菜の確認をしたり、おやつの準備をした。
最初は料理でもして野菜の試食とかをしてもらった方が、と考えたのだけれど、プロの料理人に食べさせる自信は私にはなかった。あんなおいしいマルゲリータを作る人に、簡単だけど作ったからどうぞ〜とかへらへらして出せない。無理無理。
おやつはおやつだから。お茶と買ってきたフィナンシェとかだからオッケーだ。
「ただいまー。いやあ、やっぱ畑見ると違うね!すごい!神!」
しばらくすると店長さんが、にこにこの笑顔で戻ってきた。
「おかえりなさい。お眼鏡にかないました?」
「むしろこっちが土下座して売ってくださいのやつだから!」
などと冗談を交わしつつ、何をどのくらい、どのペースでいくらでと詳細を取り決める。すぐに使ってみたいぶんは既に収穫されているものを渡し、ついでに試食用にと余分めに渡した。
無事に交渉が成立したら、おやつタイムである。
「フィナンシェうっま……」
店長さんがフィナンシェを食べてそう呟く。わかるよ、ここのフィナンシェおいしいよね。これもプレイヤーさんのお店だけど、おいしいんだよねここのお菓子。
そういえば店長さんが夏に来た時はお茶請けにはフルーツを出していたから、お菓子を出すのははじめてだった。
「ここのお菓子、おいしいよね。近所にあるんだ」
元々出不精だった私が通っているほどのお菓子屋さんだからね。当然近くにある。以前はドバッと買ってしばらく行かなかったり、鈴蘭さんが買ってきてくれたりで食べていたけれど、最近は農作業が出来ないフラストレーションがたまっているのもあって、なかなかの頻度でお店に足を運んでいた。
「農家の神は舌も神だった……」
店長さんは時々、神とかなんとかわからないことを言う。見た目はギャルだが、中身は不思議ちゃんなのだろうか。
「あ、そういえばずっと聞きたかったんだけど、誉さんってサイさんのその、あーっと、うん、どんな関係なの?いやこれでも聞いて大丈夫なやつ?嫌だったら答えなくていいけど」
急に店長さんがわたわたしながら聞いてきた。赤くなったり青くなったりどもったりと謎だ。どうしたのだろう。
「誉くん?フレンドだよ」
「そ、う、なの?いや二人って、あんまり似てるタイプじゃなさそうだし、どうやって知り合ったのかなって、ちょっと不思議に思って。…………サイさん以外の女の子ともお店に来るし」
「え?」
「い、いや、とにかくちょっと気になっただけ」
さっきの店長さんの最後の方の言葉は、小さすぎて聞き取れなかった。まあ大事なことだったら聞き返した時にもう一度話すだろうし、そうでもなかったのだろう。
「確かに、誉くんは外で活発に冒険しているからね。私はずっと引きこもって農作業していたし、接点が謎って思うの、わかる」
それに誉くんは社交的で、誰とでも話して仲良くなれそうな懐っこい感じがある。私は結構人見知りするからなあ。
「誉くんには私がにじせかをはじめたばっかりの頃、助けてもらったんだよね。そこから仲良くなったの」
「そうなんだ。確かに、誉さん優しいしね」
「うん」
「ただあの、なんていうか……誉さんってさ、サイさんのことをすごい好きなオーラ、出てない?」
「ええ、そう?誉くんって誰にでもあんなじゃない?」
「いやいやいやいや」
結構食い気味に否定をされた。
誉くんから好かれている感じはするけれど、でも誉くんは基本的に誰にでも優しいからな。私だけ、というわけではないと思うのだけれど。
……私の胸を触りたいとか言っていた話はどこまで本気かわからないけれど、店長さんには伝えずに私の胸にしまっておこう……鈴蘭さんには話しちゃったけど、鈴蘭さんはゆりちゃんだし現実でも友達だからね。ノーカンで。
「私がアレで農作業が出来なくなってから、いろんなとこに連れてってくれるんだよね」
「デート?」
「デートではないでしょ、友達だし」
「……あれで?」
あれでとはどれのことだろう。というか店長さんが私と誉くんをセットで見たのは、湖水地方へ店長さんのお店に行ったあの一回きりだけれど。普通の会話しかしていないよね。
「うん。とりあえず、サイさんが鈍感だということはわかった」
「ええ、どうして」
そこから先の店長さんはうんうんと頷きながら納得した顔で、詳細は私に教えてはくれなかった。
※店長さんはまだ誉くんが女子ということを知りません。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます