13・よろしい、では紅葉狩りの時間だ
紅葉狩りスポットは街から少し離れた場所にあるらしい。
確かに、紅葉狩りをするには木がいっぱいある方が綺麗だからね。そうなると必然、街から離れるか、そうでなくてもある程度の規模を確保しなければならなくなる。にじせかにおいては街から離れたところに作ったようだ。
「紅葉っていえば、イチョウとかカエデかな。にじせかでもそうなの?」
歩きがてら問い掛ける。ここから紅葉狩りスポットまでどうやら敵は出てこないそうなので、安心して談笑出来る。道すがらポツポツと生えている木も、既に紅葉していてとても綺麗だ。
「そうですね。イチョウやカエデは多いです。あとは桜紅葉もいますわ」
「桜紅葉?」
鈴蘭さんが答えてくれるけれど、桜紅葉ははじめて聞いた単語だった。言葉の通りに受け取るのなら、春に咲いているあの桜が紅葉している、ということなのだろうけれど。
「ええ。桜の木も紅葉しますわ。勿論、有名なあのソメイヨシノさんもです」
「あのクローンで有名なソメイヨシノさんもですか!」
最も名の知られている桜の種類と言っても過言ではないソメイヨシノが、クローンだということは、そちらもまたわりと有名な話だ。クローンだからこそ同じ地域のソメイヨシノは一斉に花を咲かせ、それが見応えがあり美しいのだから。
「現実世界ではどれもこれも微妙に紅葉する時期は異なるのですが、ここはゲームですからね。最も美しい時期を一ヶ月も楽しめるなんて、贅沢な話です」
「それは確かに」
現実、紅葉の名所に旅行に行こうなどとしても、時期を合わせるのはなかなか難しい。
その年の気温とかそういう状況によって、毎年紅葉する時期は変わるし、その木の種類によって紅葉する時期が違うのも植物なのだから仕方がない。
確かにこんな風に何もかもが一斉に紅葉して、それを好きな時に長く楽しめるというのは、とても贅沢なことだなあと思う。
歩いていると、ふわりとキンモクセイの香りがする。これを嗅ぐと秋だと感じる。
さわさわと黄金色の稲が遠くで揺れている。
そこかしこに秋があり、もう夏の気配はどこにもなかった。
「お芋がおいしい季節だよね」
「わかる」
呟いた誉くんの一言には、私は全力で同意した。
「だからこそ、今日は頑張ろうね、サイさん!」
「うん、……うん?」
だからこそって何が?と思ったけれど、聞き返す前に紅葉狩りスポットに到着したらしく、鈴蘭さんが足を止めた。
「サイ様、誉様、着きましたよ」
鈴蘭さんがにっこりと笑う。そして懐から何かを取り出した。長方形の紙だ。お札、というものだろうか。
「鈴蘭さん、それってお札?」
「ええ。わたくしは陰陽師の職ですから。戦闘は式神を使います」
そう話すなり、鈴蘭さんが取り出したお札はぽんっと煙を放ち、そこから二匹の狐が現れた。
どちらも真っ白の毛の小柄な狐だけれど、額に書かれている文字、というか模様?のようなものがそれぞれ違う。しっぽがふかふかしていて、とても可愛い。
「可愛い……」
「ふふふ。キツネとタヌキと言いますの。可愛いでしょう?」
「待って、キツネとタヌキが名前なの?嘘でしょう?」
ギリギリ、狐の名前がキツネなのは、猫をネコちゃんと呼んでいるようなものなのでわからなくもないけれど、タヌキって呼んでいるその子の姿は明らかに狐だ。
「うどんとそばみたいで、おいしそうな名前だね」
誉くん、その感想はどうなんだろう。キツネとタヌキって聞いた時に私もそれちょっと思ったけれど。
「ねえ、この子種族的には狐なんだよね?狸が化けてるとかじゃなく」
「勿論。タヌキは生粋の狐ですよ」
もうわけがわからない。
「サイさんも大鎌、出した方が良いと思うよ」
「え?」
誉くんに声を掛けられる。いつの間にか誉くんは剣を持っていた。
その誉くんの後ろに迫ってくる、モノ。
黄色くて特徴的な形。間違いなくイチョウだ。イチョウだ、けれど。なんかやたらでっかくて、何故か足が生えていて、こっちに向かってきているのだけれど。
「……今日って、紅葉狩りじゃ」
「そうだよ?」
「紅葉狩りですわ」
迫ってくるイチョウ形の何かを、誉くんはズバリと剣で切った。
他にも真っ赤なカエデの形をした大きなやつにも足が生えていて、こっちに走って向かってきたのを、鈴蘭さんの式神であるキツネが火を出して操り、倒している。
「ほら、いっぱい来ますわよ。早く狩らないと」
鈴蘭さんが私の後ろを指差す。恐る恐る振り返ると、大量の紅葉した何かたちがダカダカと全力疾走で駆けてくる。怖い!
「何これー!!?」
得体の知れない恐怖に私は慌てて大鎌を取り出して、ブンブンと全力で振り回した。
「にじせかの紅葉狩りといえばコレですから、知らないとは思いませんでしたの」
「同じく。ごめんね、サイさん」
以上が、二人の供述である。
粗方、紅葉狩りを終えた後。敵が出てこない場所へ退避した私たちはようやく一息つけた。
無限とも思えるほど現れ続ける紅葉たち。大きいし足が生えているしやたらいっぱいいるし、なんかもうとにかく気味が悪かった。
私の思っていた紅葉狩りと違いすぎる。
こうして離れてみても不気味だ。わらわらと集まってくる紅葉たちは、先ほどまでの私たちがしていたように、多くの人たちの手によってどんどん狩られていく。
周囲にはたくさんの木があって、そっちの紅葉は普通に綺麗なのに……。
「でもサイさん。紅葉狩りの醍醐味はここからだから」
「えっ……まだ何かあるの?」
若干興奮した様子の誉くん。ちらりと鈴蘭さんの方を見ると、彼女もあんまり表情にこそ出ていないけれど、そわそわしているようだった。
「あのね、紅葉札を百枚集めると、お芋と交換出来るんだよ」
「……紅葉札?」
何そのうどん札みたいなやつ。
「そう。しかも好きなお芋を選べるのですわ!秋だけの、紅葉狩りだけの特権です」
二人の話をまとめると、あの大量の紅葉たちを倒すと時々、紅葉札なるものがドロップされる。それを百枚集めると、好きなお芋と交換出来るそうだ。
襲いくる紅葉を倒すことに必死で気付かなかったけれど、改めてアイテム欄を見てみると確かに、紅葉札なるものが百五十枚ほど入っている。どうやら結構な確率で落としてくれるものらしい。
現状、農家で作ることの出来る芋は、『さつま芋』という大きな一括りでしかなくて、品種の指定は出来ない。
育成方法によって安納芋のようになったり、紅はるかのようになったり、紅あずまのようになったり、鳴門金時のようになったりする。だから狙って作るのは難しい。安納芋のようなさつま芋を目指すとしたら何度も何度も育てて世代交代をさせてを繰り返してになる。
初期の種芋はホクホクにもねっとりにも寄っていない、甘さも強くない、とてもニュートラルなものだ。それを自分好みに育てていくのは大変だ。楽しいけれど。
が、ここでの交換では『本人が焼き芋にして食べることしか出来ない』という制約がつきながらも、品種を選べるらしい。つまり、好きな焼き芋を食べることが出来るのだ。
「何それ知らなかった…………!」
正直ものすごく悔しい。前回の秋でも食べたかったよ焼き芋!!
というわけで、今度こそ紅葉狩り(穏やかに眺める方)にやってきたのだ。
お芋の交換所側にはしっかり紅葉狩りを楽しめる場所があり、勿論そこには先ほどのような足の生えた紅葉たちは現れない。
鈴蘭さんが最初に教えてくれた通り、そこでは様々な種類の紅葉が一度に楽しめる。鮮やかに広がった赤色や黄色はほんのりとあたたかみがあり、夏のギラギラとした爽快な青空ではなく少しセピア色が掛かった落ち着いた空は、そんな紅葉によく映えた。
そして私たちの足元ではパチパチと燃える音。
枯れ葉を集めての焼き芋だ。こんな贅沢な経験、現実の都会の喧騒の中ではなかなか出来ない。弱い火ではあるけれど煙が出るし、火事に間違われたりしたら大変だしね。
「こんな風にする焼き芋、私はじめて」
「そうなのですか?」
「へえー」
この反応。どうやら鈴蘭さんと誉くんはにじせか以外でも経験がありそうだ。
ゆりちゃんは北海道に実家があるって聞いているから、敷地も広そうだしやったことがあるのはわかるけれど、誉くんはどこ出身なのか私は知らない。まあ都心でも一軒家で庭付きとか、学校の行事とか、田舎のおじいちゃんおばあちゃん家とか、キャンプとか、色々やる機会はあるといえばあるか。
「レンチンで食べる焼き芋とは違いますわよ」
「れんちん?」
「電子レンジで作る焼き芋のことです」
何故か首を傾げた誉くんに鈴蘭さんが答える。さては誉くん、電子レンジで焼き芋を作ったことがない派だな。
「焼き芋って、じっくり低温で熱を入れた方が、蜜が出ておいしくなるっていうからね。電子レンジだとちょっと難しいよね」
どうしても焼き芋が食べたくなったけど、お店に売っていなかった!という時の最終手段が電子レンジでの焼き芋作成だ。とはいえ、やっぱりお店で買ったものとは違う。それにこんな風に枯れ葉でじわじわ加熱するとなれば、もうそれは段違いだろう。
「そろそろ良さそうですわね」
鈴蘭さんが慣れた手つきで、ガサガサと棒で焼けた枯れ葉を避けていく。アルミホイルに包まれた焼き芋はすっかり食べ頃になっていた。
ゲームだと生焼けとかないし、その辺りも安心だよね。火傷もしないし。
交換したお芋は、鈴蘭さんがオーソドックスに紅はるか、誉くんが種子島紫という私の知らない品種、私は贅沢に安納芋にした。
ホクホクお芋も好きだけど、ねっとり甘々お芋が好きなのです。安納芋はマイベストお芋。
熱々のお芋はもう見るからにおいしそう。美しい黄金色をしていて、ほわほわと湯気が出ている。そして流石安納芋、水分をたっぷり含んだままで、ツヤツヤしている。
ぱくり、と一口食べると。柔らかい甘みが口いっぱいに広がった。
「んーおいしいッ!!」
わかっていた。こんなの、おいしくないわけがない。目に映る紅葉の景色もとても綺麗だから、おいしさ更に倍増。秋最高!と声高に叫びたいくらいだ。
「本当に。紅葉狩りの後の焼き芋は格別ですわね」
「これだから紅葉狩りはやめられないんだよね」
鈴蘭さんも誉くんも満足げに焼き芋を頬張っている。まさかこんな楽しみ方があったなんて。
「わかる気がする。また集めて食べたいもん、焼き芋」
交換出来るお芋の種類は豊富だった。最初は少なかったそうなのだが、秋を迎える度にじわじわと増えていったそうなのだ。これは運営さんの中にお芋好きがいるとみた。
「誉くんが食べてるお芋とか、私知らないんだよね。紫芋の焼き芋だよね」
誉くんが食べているのは種子島紫という焼き芋で、紫とついている名前の通りの紫色をしている。紫芋の焼き芋って、私は食べたことなかったな。
「うん。おいしいよ。でも具体的にどんな味なのかは、食べてみてのお楽しみ」
誉くんは私に向かってそう話すと、にっこり笑ってそれから悪戯げにウインクをした。何その仕草。私の後ろの方で焼き芋を食べていたであろう別の組みから、黄色い悲鳴が聞こえてきた。
見た目が王子様系の正統派イケメンさんだから、どんな仕草も様になってしまう……女の子なのに女の子を狂わせてくる……なんて恐ろしい子。
私もそうだけど、次の紅葉狩りではきっとみんな種子島紫を選んで食べることだろう。
なお至近距離で全力の誉くんを浴びた私は、当たり前だが赤面した。だが隣にいる鈴蘭さんは顔色も変わらずどこ吹く風である。強い。
ちなみに私作お弁当は、紅葉狩り(穏やかに眺める方)を楽しみながらその後みんなでおいしく食べました。
うん、実に楽しい秋のはじまりの一日だった。
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