12・いざ尋常に紅葉狩り



 秋である。

 長いような短いような、いや一ヶ月だから短いのだけれど、そんなにじせかの夏が終わり、季節はガラリと変わって秋。

 お馴染み月イチのメンテナンス明けにログインすると、まるっきり景色が変わっているのは、何回見ても面白い。


 夏野菜の収穫はメンテナンス前にすべて終えていて、さっぱりしている。これを見ると余計に、夏が終わったなあと実感する。

 反対に秋野菜を植えている畑は、わさわさと実っていた。

 まあ私はアレに遭遇してしまうと困るのでチラチラと様子を見ただけだが、後でNPCに収穫してもらったやつは確かめよう。楽しみ。


 今日はまず、約束していた紅葉狩りを敢行するのだ。

 約束の一時間前にログインした私は、早速お弁当を製作した。やっぱり必要だよね。紅葉を眺めつつのごはん……想像するだけでおいしそう。

 待ち合わせは私の農園にしている。というのもゆりちゃんこと鈴蘭さんと誉くんはまだ面識がないので、共通のフレンドである私のところに集まることにしたのだ。


 お弁当も作り終え、約束の十分前になった頃、小屋の前で待機していると鈴蘭さんがやって来た。

「ごきげんよう、サイ様」

「あ、はい、こんにちは」

 今日は一段と良家のお嬢様感が増した鈴蘭さんである。相変わらず現実とのギャップに初手で戸惑ってしまう。

 誉くんとは初対面となるからか、普段より気合が入っているように見える。いつもは淑やかな着物姿だけれど、今日は幾分動きやすそうな袴姿だった。とはいえシンプルな白と紺色のものではなく、卒業式で見るような桃色や赤色を使用した華やかな色合いのものだ。


 なお対する私は気持ち秋仕様のつなぎである。これまで夏に愛用していた爽やかなオレンジ色ではなく、秋らしくシックなブラウンにした。紅葉のような赤、朱色も候補に挙げたのだけれど、紅葉狩りに行くにあたり何というかものすごく同化してしまいそうなので、そちらはやめた。

 そして麦わら帽子の季節でもなくなってしまったので、頭には黒のキャップを被っている。ブーツが黒なので、それに合わせてだ。大鎌も黒いしね。今日は使わないから出していないけれど。


「鈴蘭さん、普段より動きやすそうな格好ですね」

 ちなみにゆりちゃんは平安オタクなので、十二単で歩き回るのが理想らしいと聞いたことがある。

 ただ残念ながらにじせかで十二単はまだ衣装として実装されていない。なので普段は着物を好んで着ている、というわけだ。

 十二単はその名の通り、えげつない枚数の服を着込んでいるそうだから、実装するとなったら難しいんじゃないかな。重いとも聞くし。

 ともあれそんな感じに彼女は十二単が好きなので、袴姿は珍しい。

「ええ。今日は紅葉狩りですからね」

 鈴蘭さんは普段のゆりちゃん要素は微塵も見せずに、おっとりと大和撫子全開で微笑む。とても優雅である。


「遅れてごめん、お待たせ」

 そうこうしているうちに、誉くんがやってきた。

 誉くんはいつも通り、動きやすそうな剣士っぽい格好だ。膝ほどまである黒のロングコートがシュッとした雰囲気を更に引き締めていて、相変わらずの爽やかイケメンさんだ。

「まだ約束の五分前だよ」

 まるで遅れた風の挨拶だったが、余裕の五分前行動である。真面目で偉い。


「誉くん、こちら私のフレンドのゆ、……鈴蘭さんです」

「はじめまして、誉様。お噂はかねがね」

 淑やかに鈴蘭さんが挨拶をする。本当、見惚れてしまうほどの美人さんだ。

「こちら誉くんです」

 まあ鈴蘭さんは名前くらいは誉くんのことを知っていたのだけれど面識はなかったので、改めて紹介する。

「こちらこそ、はじめまして。鈴蘭さん。えっと、敬語じゃなくて大丈夫、ですよ?」

 丁寧なご挨拶にちょっと動揺して辿々しくなる誉くんの可愛さよ。

「ふふ。この話し方は癖のようなものですので、お気になさらず。誉様はお話しやすいような言葉遣いで構いませんわ」

「本当に?……ありがとう、敬語って緊張するんだよね」

「まあ。可愛らしいですね」


 と、そんな感じに和やかに顔合わせは終わり、早速紅葉狩りに向かうことにした。


 今日紅葉狩りに向かうのは、和国だ。

 和国というのはその名前の通り、日本っぽいものが集まったエリアだ。鈴蘭さんは主にそこを主軸ににじせかを楽しんでいる。

 私はまだ行ったことがないから、鈴蘭さん、誉くんとパーティーを組み、転移陣で移動する。

「サイ様は、和国は初ですよね」

「うん。だから楽しみ。紅葉狩りも」

 転移陣を目指しつつのんびりと歩きながら会話する。真ん中が私で、左に鈴蘭さん、右に誉くんがいる。二人は知り合いたてだし、私が真ん中になるのは必然といえばそうなのだけれど、なにぶん二人は顔が良いので周りからすごく注目されている気がする。

「サイさんとはこの間、湖水地方へデートに行ったよね」

「ん?いやいやデートって、お出掛けはしたけど違うよね」

「二人きりだったし、手も繋いだ」

 確かに二人きりだったし手も繋いだ(というか早く早くと引っ張られた感じだが)けれど、デートではないよね。えっデートって同性間でもデートなの?あ、でも相思相愛なら性別は関係なくデートか……っていやそもそも私と誉くんはそういう関係ではないよね!

「まあ。わたくしは先日、サイ様と二人きりでメロンを食べましたわ」

「それは僕も食べた」

「仕事終わりに会いに来てもくださいました」

「何それ羨ましい」

 私を挟んで鈴蘭さんと誉くんがポコポコと話をしているのだけれど、なんか私の取り合いみたいに聞こえる不思議。というか仕事終わりに会いにっていうのはたぶんもみじ饅頭届けた時のやつだよね、それめちゃくちゃ現実世界の話だよゆりちゃん!

「あーっ、ほら転移陣に着きそうだよ」

 何だか間に挟まっているのに居た堪れなくなって、無理矢理話を変える。事実転移陣までもうちょっとだし。

「でしたら、この件は後ほど」

「そうだね。負けないけれど」

「あら、わたくしも負けませんわよ」

 ……何なんだろう、この二人の謎のテンション。二人とも喧嘩っ早いイメージとかはないんだけどな。

 まあでも本気でギャアギャア揉めているというよりは、子犬同士がワンワンと競っているような印象だけれど。


 鈴蘭さんが転移陣を操作して、ふわりという感覚。目を開けるともうそこは和国だ。


「わあ……すごく日本だね」

 本当に、感想はそれに尽きる。

 和国の第一印象としては、京都だ。

 私は学校の修学旅行先が京都だったから行ったことがあるのだけれど、まさにそんな感じ。といっても駅前とか近代的な街中ではなく、大通りから逸れた小道や、清水寺近くのようだ。

 明確にどこをモデルにしている、というよりも、様々な場所の良いものを集めている感じ。

 そしていかにも京都っぽく、街中にお寺や神社があったり、少し歩いてみたところ、しっかり街は碁盤の目のようになっている。これはゆりちゃん大喜びなのがわかる、ゆりちゃんなら迷わず拠点をここにするね。

「めちゃくちゃ普通に観光したい」

「わかる」

「わかりますわ」

 私の呟きに二人とも即座に頷いた。

 やっぱり街を歩いている人も多い。湖水地方はすごく静かで穏やかだったけれど、和国は賑やかだ。どちらが良いかといえばどちらもそれぞれ良いところがあるのでどっちも良いのだけれど。


「でもまずは今日は、紅葉狩り、だもんね!私、張り切ってお弁当も作ってきたし!」

「お弁当……」

「お弁当」

「うん。いっぱい作ってきたよ!」

 私がそう話すと鈴蘭さんと誉くんはじ、とお互いを見合い、それからにっこりとどちらも笑った。

 何でだろう、笑顔なのになんかちょっと背筋がゾクっとするの。

「それは、楽しみですわね」

「そうだね。紅葉狩り、楽しもうか」

「ええ。いざ尋常に、紅葉狩りと行きましょう」

「ええ……何その勝負するみたいな言い合い……」

 フフフハハハと穏やかに二人は笑っていたものの、深くつっこんではいけない空気を私は感じた。


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