11・夏の終わりの癒し



 そろそろにじせかでの夏時期も終わる頃、秋になる前に是非行こう!と誉くんが誘ってくれた場所へと、今日はお出掛けだ。

 誉くん曰く、観光といえば湖水地方と言われるだけあって、以前ユーニ塩湖を見に行った湖水地方は本当に素敵な場所や景色が盛り沢山で、何回行っても飽きずに楽しいらしい。

 実際誉くんも湖水地方がにじせかの中でも大のお気に入り地域らしく、頻繁に訪れているのだとか。


「今回行くところはね、夏が良いんだよね。夏至だと特に最高なんだけど、夏至って概念がにじせかにはないからなあ」

 夏至とはまたピンポイントな。現実世界において、夏至は一年のうちに一度しかない。にじせかは一ヶ月で春夏秋冬を巡るから、流石にそこまで細かい日時設定は難しそうだ。暦が三倍速で進んでいくようなものだからね。

「夏至って、六月だっけ?」

 夏ってつくわりに七月、八月ではなかったことは覚えている。確か、一年のうちに昼が最も長い日のことだ。毎年ニュースか天気予報で聞いている気がする。

「そうそう。だいたい六月の後半くらいかな。夏至の日に本物のそこに行くのが、僕の夢の一つなんだよね」

 にっこりと誉くんが笑う。笑顔がいつも以上にキラキラしていて本当に楽しそうだ。

「ちなみにサイさんの胸に触ってみたいなぁも夢の一つだよ」

「誉くん、そこを同列にしてはいけない」

「えーっ」

 なんかちょっと良い話みたいな感じだったのに、台無しである。というかまだ諦めていなかったのか。


 そんなわけで湖水地方の街を抜けて、今はだだっ広い平原だ。

 吹き抜ける風、さわさわと揺れる緑色の一面の草、夏全開の青空。壮大な景色である。

 目的地まではこの平原をずっと進んでいくそうなのだが、折角なのでゆっくり平原を散歩しつつ、戦闘の練習をしながら進むことになった。

 なので今回は誉くんはサポート。やってきた敵は基本的に私が対処する。

 とはいえ、ブンブンと大鎌を振り回しているだけなのだけれど。


「ねえ、サイさん」

「うん?どうしたの、誉くん」

「さっきから一撃でサクッとモンスターたちが倒されていくんだけど、筋力の値、結構上げた?」

 言われてふと、考える。

 そういえば以前のお出掛け前にたくさんあったポイントを筋力に振ったね。大鎌を振りやすくしたいなと思って。その後はまだ手をつけていなかったけれど。

「二百ポイントくらい上げたよ」

 その数値が多いのか少ないのかわからないけれど、誉くんに伝える。すると誉くんは目を見開いて驚いていた。

「……もしや多く振り分けすぎ、た?」

 何となくそんな反応のような気がするので聞いてみると、誉くんは何というかこう、何とも言えない表情をした。なにその表情、はじめて見たんだけど。

「まあ、普通は威力の高い大鎌でもこの辺の敵は一撃では死なないかな……」

「……」

 湖水地方って確か、結構レベル高めの敵だったのでは……いや、深く考えてはいけない。


「ところで誉くん、残りのポイントなんだけど、どのくらいずつ上げていけばいいかな?」

 気を取り直して、誉くんに問い掛ける。

 大丈夫、まだ取り返せる。私は普通に楽しみたいのだ。変に目立つのとか嫌だし。

 勿論一番やりたい、というかやり続けたいのは以前のように引きこもって農作業なんだけど、現状難しいから仕方がない。アレを本当に何とかしてもらわない限りは私にはどうしようもないのだ。出会うたびに強制ログアウトではね……。何か問題があると判断されて、そのうち連絡も来てしまうかもしれない。


「そうだね。どんな風に戦っていきたいかにもよるけれど、サイさんはそのあたり、どう?」

「うーん……あんまり痛いのは嫌、かな。あと魔法は使ってみたいけど難しそうだし、まだいいかな。あ、大鎌を使うのはすごく楽しいと思う」

「なるほど。……体力とか頑丈さは好きなように上げて問題ないよ。魔力は将来的にどのくらい魔法を使いたいかにもよるかな。でもこれも一気に上げても支障は出ない。ただ、素早さだけは様子を見て少しずつ上げた方が感覚が掴みやすいから、素早さを上げたいぶんのポイントを残して他のを上げてみたらどうかな」


 誉くんが懇切丁寧に説明してくれる。ものすごくわかりやすい。

 そういえばゆりちゃんとこの話をした時も、素早さはちょっとずつやった方が良いって言っていたっけ。普通はレベルアップした時にポイントを振り分けちゃうから、そんなことは気にせず好きに上げて良かったんだろうけれど。

「わかった。じゃあ、素早さ少し上げて試してみようかな」

「うん。それが良いと思うよ。目的地まで、まだしばらくあるし」

 もらったアドバイスにありがたく従って、素早さにちょっとだけポイントを振り、あと頑丈さに少し入れた。体力は元々高かったから様子見で。

「……なんかちょっと体が軽くなった気がする!」

「おー頼もしい」

 誉くんがパチパチと拍手をしてくれる。

 ユーニ塩湖行きの時に比べて、何とも平和なお出掛けだった。





 ポイントを上げつつ試しつつのんびり平原を進んでいると、遠くに何か見えた。ずっと空と草の景色だったので、建造物っぽいものを見掛けるのは久しぶりだ。まだ距離的には遠そうだけれど。

「遠くに何かあるね、誉くん」

「うん。あそこが目的地だよ。あれが何かわかる?」

 うーん。まだ遠くて全然見えない。

「まだわかんないなあ」

 歩いていくと少しずつ、形が見えてくる。

 ぽつりぽつりと大きなものがいくつか。近付いていくほどに数が増えていく。今のところ見えてきたものの形はどれも似ている。大きな長方形のようなものが縦長にあり、その上に大きなものが乗っかっている形状。まだ遠いけれどわかる、あれは巨石だ。

「わかった、誉くん!ストーンヘンジだね!」

 巨石のああいった形の遺跡はいくつかある。世界にも日本にも。ただその中でも有名なところ、といえば世界遺産にもなっているイギリスのストーンヘンジだろう。

 そう予測して問うと、誉くんはとても嬉しそうに笑った。

「そうだよ、正解。にじせかでは、石の遺跡って名前」

「そのまま!」

 明らかにウユニ塩湖の名前がユーニ塩湖だったのもそうだけど、にじせかの運営さんのネーミングセンスどうなの。石の遺跡ってそもそも名前だといっていいのだろうか。ストーンヘンジ、上手くもじれなかったのかな。ストーンは変えづらいとしてストーンジヘン?ストーンヘジン?……いや私もあんまり人のこと笑えないセンスなのでは。


「見た目はほぼそのまま、ストーンヘンジなんだよね。で、すごいところが近付いて石に触れちゃうんだよ」

「現地では触れないの?」

「基本的にはね。特別に触れる日もあるけど、普段はロープがあって、遠目からしか見れないんだ」

 いつか行ってみたいと話していた誉くんは、当たり前だが詳しいようだ。


 だだっ広い平原の中、でかでかとあるたくさんの巨石。緑色の足元の草と空の色がとても綺麗だ。何というかありきたりだけど、でかい!広い!すごい!という感想しか出てこない。

 ようやく近くまで来ると尚更、石の大きさにびっくりする。これ、重さどのくらいあるのだろうか。それが更に上にも大きい石が乗っているとか、あの高さと重さ、どうやって?

「これってすごく昔からあるんだよね?どうやって石積み上げてるんだろう……あれ、ていうかこの石ってどこから持ってきてるの?」

 にじせかならともかく、写真やテレビでちらっと見た本物のストーンヘンジも、周りはとても広くて何もない感じだったように思う。昔の地形はわからないけど、あのままの感じだったとしたらどこかから石を持ってきているということになる。今なら便利な道具や機械もあるからどうにか出来るのかもしれないけれど、昔ってどうなんだろう。てこの原理とか?いやいや、限度があるよね。難しそう。

「良いところに気が付くね、サイさん。そのあたりがストーンヘンジの魅力の一つなんだよ」

 ……何だろう、誉くんがかつてないほどのテンションだ。これは……ゆりちゃんが、そう、推しの話をする時の様子とそっくりだ。

「それでストーンヘンジっていうのはね、まず紀元前……」

 それからしばらく、誉くんの早口なストーンヘンジ紹介が続いた。とりあえず私にわかったのは、誉くんストーンヘンジがめちゃくちゃ好きなんだなあ、ということだ。


 ようやく誉くんの推し語り、もとい、ストーンヘンジ説明会は一旦落ち着きを見せた。

 観光客は私たちと同じようにちらほらと見えるけれど、恐らく本物のストーンヘンジと比べればとても少ないだろう。

「すごいね、感触も本物みたい」

 巨石を手のひら全体で触ってみると、少しひんやりとしていて冷たい。独特の少しざらりとした表面が、研磨されていない石なのだなと実感させてくる。夏の日差しの中、とても良いお天気でポカポカしているのに、冷たいって不思議。

「本当。運営さんのこだわりがすごいよね」

 誉くんもまだ興奮冷めやらずといった様子で、さすさすと巨石を触っている。

 私や誉くんの背丈よりずっと高い大きな石。その上に更に大きな石が置いてある、圧倒される光景。間近で見れば見るほど、謎が深まる遺跡だな、と思う。

 はじめて訪れる私と違い、恐らく誉くんは何度も足を運んでいるだろうに、ずっとそわそわしていて楽しそうだ。何だか子供みたいで、微笑ましく思えてくる。

「ねえサイさん、あっちに行こう」

 誉くんは待ちきれない様子で私の手を取って走り出す。

 今日のお出掛けはもうこの石の遺跡から動かないような気がする。でも、友達の好きなものを見たり聞いたりするのって楽しいよね。

 だから私も自然と笑顔になって、再びはじまった誉くんの長話に耳を傾けるのだった。


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