10・不倶戴天の敵とはこのこと
相変わらず、にじせかでアレのオフ機能は実装されていない。
私のように農家職で困っている人、きっといっぱいいるよね!!と思って珍しくにじせか界隈の検索などをしてみたけれど、そういった声は多くはなかった。というかアレが苦手なような人はそもそも農家職を選んでいないことが多い。アレは嫌いだけど関わる職業じゃないから、が多数派だ。
調べてみたらこのアップデートで実装されたのは小型の虫や微生物などだった。アレに関しては本当に何故敢えてアレを実装したのかと運営さんに問いただしたくなるけれど。
ミツバチが実装されてはちみつが作れるようになったり、パンを作る時の酵母が更に本格的になったり、コオロギなどの昆虫食が可能になったり、が現在判明している部分らしい。
アレに関しては農作業における土の品質が更に細かくなった関係かなとは思われる。土の品質はこれまで内部データでしかなくて、私たちプレイヤーの目には数値化して見えない。今も明確に数字で見えはしないのだけれど、ここは良い土だよーという簡易的な判断材料の一つがアレということみたいだ。解せぬ。
ついでに言えばアレは倒すのが簡単なわりにまあまあ経験値がおいしく、レアドロップアイテムもあるみたいで、そっち界隈には大人気のようだ。ドウシテ。
良い土にしか生息せず、見つけにくい、ということもあるらしい。何なら私の畑のやつ全部狩り尽くしてほしいくらいだが、数は多くなくても定期的に湧いてくるので、ガンガン狩ってもらっても農作業中にいつ畑でマッチングするかわからない以上私は無理だ。
「おうおう、暗い顔してるねぇお嬢さん」
何だそのセリフは。と思ったけれど、めちゃくちゃ聞き覚えのある声だ。相手はわかっている。
「ゆりちゃん」
「やっほ、まつり。待った?」
「ううん、さっき来たとこ」
今日は大学にある食堂でランチだ。
午前は違う授業だけど午後イチの授業が同じものを取っているから、そういった日はこうして一緒にランチを食べてそのまま行くことが多い。
流石学校という学ぶための施設にある食堂は、お値段がお財布にとても優しい上においしい。
ゆりちゃんの頭はまだ絶賛プリンのままで、日毎に黒の割合がじわじわと増えていっている。一体いつになったら染め直す予定なのだろう。
それにしても、にじせかでの淑やかな雰囲気とは見た目から喋り方から何もかもが違う。毎回そのギャップにびっくりする。
「今日はどうしよ。カレーかなー。お金ないんだよね!」
いっそ清々しいくらいの笑顔でゆりちゃんは言った。
ゆりちゃんの出身は北海道で、大学に通うにあたって一人暮らしをしている。学費は両親が出してくれているけれど、生活費はアルバイトで自分で稼いでいるのだ。
「給料日前?」
「そうそう。お腹空いたよ」
なるほど、だから髪も染め直ししないままなのかもしれない。
カレーは学食の中でも最も安いメニューだ。ご飯の量も多く、野菜もごろごろと入っていて、お腹もいっぱいになる。お手頃価格なのに、しっかりおいしい。
「カレーのこと聞いたら、私もカレー食べたくなってきた……」
「あはは、おいしいよね、ここのカレー!」
というわけで、お昼は二人ともカレーとなったのだった。
「そういえば、どうだった?紅葉狩りの件」
カレーをおいしく頂きつつ、ゆりちゃんが話す。
紅葉狩りの件とは現実世界の話ではなく、にじせかのことだ。折角農業以外にも目を向けているのだから行こうとゆりちゃんと話していたのだけれど、かねてから名前だけ知っている同士のゆりちゃんと誉くんを、もし良ければ会ってみないかという話をしていた。友達の友達という感じなので、私から名前は聞いていてもゆりちゃんと誉くんは会ったことも話したこともないのだ。
「うん。誉くんに聞いてみたけど、会ってみたいって言ってた。ゆりちゃん、というかあっちでは鈴蘭さんだけど」
「ほんと?やった、楽しみ増えたわ」
にかっと、太陽のようにゆりちゃんが笑う。
ゆりちゃんは前々から、ゲーム内で私が親しくしている誉くんに興味があるみたいだった。これまで明確に会いたいとか紹介してとか言われたことはなかったけれど。
誉くんも誉くんで、私が話をしている時によく名前が出てくるゆりちゃんこと鈴蘭さんのことに興味があるようだった。こちらも会ってみたい的な話はこれまでしたことはなかったけれど、紅葉狩りに一緒に行かないかと聞いた時には二つ返事でオッケーだった。
「にじせか、もうちょいで秋に移行するし、秋になったら予定決めよー」
「うん、そうだね」
楽しみだなあ、と思う。
アレが実装された時にはどうなることかと思ったけれど、なんやかんやとにじせかを楽しめてはいる。一番やりたいことが出来ずにいることはもどかしいけれど……それでも、あのゲームの世界を面白いと感じている。
湖水地方の観光もとても楽しかった。景色がとても綺麗だったし。
紅葉狩りもきっと、すごく綺麗なんだろうな、と思う。現実世界で紅葉狩りって改まってしたことはない。秋になったら通学路や出先やテレビなんかで、もう紅葉の季節か、綺麗だなあってぼんやり見て思うくらいで。
「……ねえ、ゆりちゃん」
「ん?どしたー?」
「紅葉狩りというか紅葉のこと考えてるとさ、こう…………食べたくなってこない?もみじ饅頭」
そう、それは有名な広島名物。もみじの形をしたおやつである。
私の呟きにゆりちゃんは衝撃を受けた表情をしている。
「……わかるッ……!!!!」
そしてこの全力の同意である。
本当、ゆりちゃんとはこういうとこ、ものすごく気が合うんだよね。
「帰りに買ってこうかな……」
「あたし給料日前なのに!」
「一個あげるって」
「授業の終わり時間違うじゃん!」
「そういえばそうだった」
私はこの後一コマだけだが、ゆりちゃんは違う。更にゆりちゃんはこの後アルバイトも待ち構えている、ハードなスケジュールなのだった。
「もう完全にもみじ饅頭の口になっちゃったじゃん、まつりのバカ!」
「ええー私のせいかなあ」
がっくりと肩を落とすゆりちゃん。
後でバイト先に行って、もみじ饅頭を差し入れとこう、と私は思った。
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