9・華麗なるお嬢様のお遊び



 和服の美人さんである。

 いかにも動きづらそうな戦闘にはまったく向かない着物姿。成人式の時に女の人が着ているそれだ。鮮やかで華やか。

 そして真っ直ぐな黒髪は下ろしてあり、鈴蘭の花の髪飾りが右側にだけついている。


 ……背景の畑、いつ見ても違和感がすごい。


「こんにちは、サイ様」

「あ、はい、こんにちは」


 そう、この和服美人さんは私の農園を訪れている。

 なんというか、何度見てもこれは慣れないな……。そしてこの姿と口調。


「そんなに畏まらなくて良いのですよ?いつも通り、親しくしていただければ」

「いや、……ちょっと慣れないかなぁ」

「まあ、ふふふ」

 からからと笑う、穏やかな雰囲気。

 事情を知らない人が見たら、彼女のことを清楚で控えめな美人だと思うことだろう。現実とのギャップがすごい。


 そう、彼女はゆりちゃんだ。

 私の現実世界でも友達である、まだ絶賛頭はプリンのギャル、ゆりちゃん。見た目も話し方も全然違うけれど。

 ゆりちゃん、にじせかのプレイヤーネームは『鈴蘭』さんだが、彼女はオンオフがはっきりしているというか、要するにゲームの世界ではまったくの別人になりきって楽しんでいる。

 なので大口を開けてキャハハとお腹を抱えて笑い転げるギャルはここにはいないのだ。

 この姿を見ると、自然と鈴蘭さんと呼んでしまう。まあゲームの世界で本名で呼ぶのは御法度だし、間違えなさそうなのは良いことだよね。


 今日はメロンの収穫パーティーだ。参加者は私、鈴蘭さんの二名、以上。私の交友関係は狭いのだから仕方ないね。

 収穫といっても私はもう携われないまま、畑のことはNPC任せになってしまっている。

 悲しいことに、まだアレのオフ機能は実装されていない。毎日、毎週では運営さんも迷惑かもしれないから、半月に一度ペースで要望に関しては送り続けていきたいと強く思っている。声を上げることって大事。


 そんなわけで小屋に入る。テーブルには収穫してもらったメロンがどどんと丸々一玉、置いてある。

「まあ、立派なメロンですね」

 鈴蘭さんの目がキラキラと輝く。わかる。わかるよ、私もそうだったもの。収穫されたこのメロンを見た時、まったく同じような目で見つめていた。

 大きく左右対称で美しい円形、細かく均一な網目、見た目以上にずっしりと果肉が詰まって重く、甘やかな香りが届いている。

 この明らかに高級なメロンは、現実ではなかなかお目にかかれないと思う。買ったら絶対高いもの。

「サイ様。……ちなみに、品質はいかほどに?」

「品質は八でした」

 流石にメロンの品質九、十は遠い。でも八だってすごいと思う。この間までの私、頑張ったね。

 正直なところアレの影響で最後の最後まで手を掛けられなかったから、いけても品質七だろうかと思っていた。嬉しい誤算である。


「じゃあ、……やりますか」

「ええ」


 ごくり、と生唾を飲み込む。

 さくっと包丁を入れると、途端に香りが室内に広がった。もう本当、香りだけでおいしそう。

「まあ……綺麗な色」

 鈴蘭さんが、ほう、と息を吐く。

 今回育てたのは青肉メロンだけれど、それはまた見事に美しい色味だった。宝石のエメラルドのようだ。

「これは、食べたらやばそうな感じ、しますね」

「いたしますわね」

 そのままサクサクと切り分けて、一人分をお皿に入れてそれぞれの前へ。

「食べてみましょう」

「そうですね」

 私も鈴蘭さんも待ちきれなくてそわそわしている。

 そして、一口。

「うま……」

 わかっていた。わかっていたけど、やっぱりおいしい。だってメロンって元々おいしいんだよ?品質が良いメロンならもっとおいしいに決まっているよね。

 カニを食べる時のように私と鈴蘭さんは無言で、結局一玉すべて二人で食べた。

 このメロンは、市場に出したら荒れるな……確実に……。

 元々、メロンは作るのが難しい方だ。更に品質も良いともなれば、みんな手に入れたくなるものだろう。


「悪魔的おいしさだったね。もう一玉、ぺろっと食べれちゃいそうで怖い」

 私の発言に鈴蘭さんも大きく頷いている。

「わかります。……そういえばサイさん、オレンジ色の悪魔って知ってます?」

「オレンジ色の悪魔?」

 聞いたこともない単語だった。悪魔、といえば何となく黒っぽいイメージだけれど。

「その様子ですと、知らないようですね。まあ、良いのですけれど」

「えっそう言われると気になるじゃない」

 ぽかんとした私の様子を見て、知らないのだろうと鈴蘭さんは判断したみたいだけど、半端に話されるとすごく気になる。

「……ところでもうすぐ秋に変わりますけど。つなぎの色も変える予定でしょうか?」

「めちゃくちゃ話逸らされてない……?まあ、うん。藤色とかも良いなあとか、秋だとブラウンでも良いかなとか、考えてはいたけど」

「そうですか」

 結局、話は逸らされたまま鈴蘭さんは答えをくれなかった。

 たぶんだけどこれ、ゆりちゃんの状態ではお腹抱えて笑い転げている系の話のような気がする。

「秋になったら、紅葉狩りに行きませんか?」

「紅葉狩り?うん、いいね」

 にじせかの四季は一ヶ月周期で巡るから、とても早い。秋はもうすぐだ。

 引きこもって農作業ばかりしていた私は、紅葉を楽しみに出向いたことも当然ない。つい先日誉くんと出掛けて、はじめてにじせかの景色への手の入れようがすごいのだと知ったくらいだし。

 紅葉狩り、と言葉にすれば物騒に聞こえなくもないけれど、要は紅葉の鑑賞だ。桜をお花見するようなもの。桜は花見なのに何故紅葉は狩るのだか不思議だけれど。

「誉様にも、もしよろしければお会いしてみたいです」

「そっか、聞いてみるね」

 私は鈴蘭さんに誉くんの話をしているし、誉くんには鈴蘭さんの話をしている。ただ二人はお互いに面識がない、いわば友達の友達、というやつだ。

 真ん中にいる共通の友達である私が引きこもりの農家だったので会う機会もなかったけれど、折角だし会わせてみたい。二人とも私は大好きだから、仲良くなってくれたら嬉しいし。

「ふふ。楽しみにしておりますね」

 鈴蘭さんがふわりと、花のように微笑む。

 まさに立てば芍薬座れば牡丹、歩く姿は百合の花。絵に描いたような美人だ。こう、仕草から滲み出るものがあるよね。

 どうやって日頃のギャルを封印しているのか、まったくもって謎である。


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