8・農家の神がここにいるぞ
あたしはしがない料理人だ。
『Rainbow Word』という現実では諦めた夢さえも叶えることが出来るゲーム。そこで私は料理人の職に就き、料理の鍛錬やレベル上げの末、湖水地方で一二を争うほどおいしいと話題の店を開くことが出来た。
現実世界でもあたしは料理人をしている。
けれど現実は甘くなく、修行中の身では尚更、思うようにいかないことばかり。頑張ってもみんながみんな同じだけ成長するわけではない。あたしよりも年下の子がどんどん実力を上げていくのも見ていた。
気晴らしにと空き時間にはじめたこのゲームは、積み重ねた時間の分だけ確実にレベルを上げてくれる。
勿論現実に自分のお店を持ちたい、という気持ちは変わらない。時間は掛かるだろうし、出来るかもわからないけれど。
「あー久々のにじせか!最近忙しかったからな。すっかり季節も変わってるじゃん」
このところ、めっきり忙しくて久々のログインだ。
お店の方はあたしがいなくても、NPCが運営してくれる。とはいえ、やっぱりプレイヤーが作った方がおいしいので、あんまりNPC任せだとお客さんも離れていってしまう。
幸い、あたしのお店に通ってくれているお客さんはNPCの時でも食べてくれているようだし、あたしを見掛けるとラッキー、などと笑ってくれている。
そういった意味でも、本当に恵まれているなと思う。
「あっ農家の神がトマトの最高品質出してたじゃん!」
食材の仕入れのための市場履歴をチェックすると、見たこともない最高品質のランク十のトマトが出品された履歴があった。
「売り切れてる……そうだよねぇ」
NPCに食材の仕入れを任せていても、基本的ににじせかはプレイヤー優遇だ。欲しいものや出品者の仕入れの優先度を最高にしていても、プレイヤーに先に買われてしまうことが多い。
特にこの農家の神とも言われる『サイ園』の野菜は、誰もが欲しがる品質のものばかりを出品している。
サイ園が菜園と掛けているのか、というか菜園という規模じゃないだろうとか、とにかくツッコミどころが色々ある出品者は謎の多い人物で、プレイヤーなのは確かだけど姿を見た人もいないし、どんな人なのか噂も聞かない。だから誰も直接交渉出来ずに、突如市場に出された野菜を我先にと買い漁るのだ。
大体大手の職人職はSNSとかで情報を出していたり、そうでなくてもにじせかでの交友関係とかでちらほら話は聞こえてくる。情報交換した方が攻略しやすい、というのは確かなのだから。
今回NPCが仕入れ出来ていたのは品質ランク六のトマトだ。それだってかなり良いレベルの品質だ。というか、品質十を作り上げていることが異常というか。サイ園が異常なんだよね。
仕事上、市場はかなり見てきたけれど、品質は良くて六がほとんどで、七が出るのは稀、八は更に稀、九と十は都市伝説レベルだ。そもそも出品がサイ園のものしか、八以上の品質はほぼ見ない。
サイ園の野菜は特にあたしのように料理人関係の職だと、喉から手が出るほど欲しいものだ。
「欲しかったなー最高品質のトマト……見てみたかったし食べてみたかった……」
入手出来なかったものをとやかく言ってもしょうがない。切り替えて、お店を開けることにしよう。
プレイヤーであるあたしがお店に立つ時は、表の看板にわかりやすく表示される。だからNPC任せで開けている時よりも、お客さんの数は多い。
よく来てくれる常連さんもいれば、初見さんも。NPCも訪れる。来客数も大事なレベル上げ要素のひとつだからね。
忙しい時間帯が一区切りし、ようやく店内のお客さんも落ち着いた。たくさんの人に自分の料理を食べてもらっておいしいと言ってもらえることは、本当に嬉しい。
現実世界でもそれは励みになる。いつかはあっちでも、こんな風になりたいって。時間は掛かるし、叶えられるかもわからないけれど。
「あ、今日は店長さんがいるよ。ラッキーだね」
そんな声と同時に、お店の扉が開いた。これもまた、よく聞くセリフだ。
訪れたのは常連さんだ。
背が高いイケメン。いや、本当にイケメンなんだよね。色気をダダ漏れさせた正統派王子様系イケメン。店内にいた女の子たちがキャアキャア騒ぐくらいの。
この人は誉さんといって、一人で来ることもあれば、女の子を連れてくることもある。一人で来る方が多いかな。
「お久しぶりだね、誉さん」
「店長さん!久しぶり」
にっこりと笑う誉さんは実に爽やかだ。その笑顔でまだ店内にいたお客さんの女の子数名が、彼に落ちた気配がする。
これだからイケメンは。リアルでもイケメンなのかはわからないんだからな!
誉さんは今日は女の子連れだった。
はじめて見る女の子だ。オレンジ色の可愛いつなぎを着ているから、戦闘職ではなさそうだ。背は小さく全体的に小柄で、小動物のような愛らしい雰囲気と顔立ちをしている。
水牛のチーズのマルゲリータを注文してきた。これは誉さんもお気に入りのやつだ。
二人は随分親しそうで、料理を待つ間もずっと話が尽きずに盛り上がっている。これは一日二日の付き合いには見えないから、どうやらこのイケメンがその辺でナンパしてきた女の子ではないのだろう。
「お待たせしました、マルゲリータです」
出来上がったマルゲリータを席に届けると、つなぎの女の子がぱあっと表情を輝かせた。純真無垢系女子……可愛いじゃないか。
「すごい、おいしそう!」
「ふふ、実際食べてもおいしいよ」
誉さんがその女の子を見る目はとても甘やかで、なんだかこっちが胸焼けを起こしてしまいそうなほど。女の子を連れてくるのは見たことあっても、ここまであからさまに色気ダダ漏れなのは見たことがない。どうやらこの女の子は誉さんの秘蔵っ子のようだ。なにそれすごく気になる。
ふーふーと冷ましてもぐもぐと頬張るつなぎの女の子の姿は、正直同性のあたしから見てもめちゃくちゃ可愛い。リスみたい。
「んん、おいしい!」
「でしょう?」
自慢げ満足げな誉さんはいつもよりちょっと子供っぽい。そういう姿もまた普段とギャップがあって、余計に気になる。
まあここ店内だし。会話が聞こえちゃうのは仕方ないというか。聞かれたくない会話があるのなら個室に行くのが常識だし、行かずにいるってことは聞かれても構わない会話をしているってことだからね。盗み聞きではない。
店内に残っているのは誉さんとつなぎの女の子以外は、NPCのお客さんだ。そろそろお店も閉めたかったし、キリが良いから表の看板は下げておく。
「水牛のチーズって、どこで手に入るんだろ。おいしいね」
「確かに市場ではあまり見掛けないね。プレイヤーが作ってそう」
「だよね。おいしい食べものって、そうなるよねー」
食事をしながら相変わらず楽しげに誉さんたちは会話をしている。つなぎの女の子はどうやら食に興味があるみたいだ。
水牛のチーズは確かに、フレンドのプレイヤーから入手している。その子は市場には出していないから珍しいものではあるだろうな、と思う。
「トマトは品質……なんだろ、これだと六くらいかな」
つなぎの女の子がそう話す。鋭い、というか食べてランクわかるの?ということはあたしと同じ料理人職か、あるいは農家職かな。まあ、食べるのが好きなだけで職はまったく違うもの、という場合もあるけど。
「サイさんのトマトだったら、もっとおいしくなりそうだよね」
誉さんがそう話したから、つなぎの女の子は農家職かな。サイ、というプレイヤーネームなのか。
「あー確かに!でも今のままでもこんなにおいしいのに、ランク十のトマト使ったら中毒性がやばそうじゃない?もう他のマルゲリータが食べられなくなっちゃう!」
「あはは」
サイさんと呼ばれた女の子が悩ましげにぶんぶんと頭を振る。いちいち行動が可愛らしい。誉さんもそんな彼女の様子を微笑ましく見守っている。若干デレデレしているようにも見える。
…………うん?
ランク十の、トマト?
ふと冷静に発言を振り返ると、なんかすごいこと言っていなかった?
「そういえばトマト、この後出すの?この間の分、すぐ完売していたよね」
「うん。雇ったNPCの子が今頃収穫終えてるはずだし。……うん、保管庫に増えてる」
女の子がスイスイと空中で指を動かしている。あたしからは内容は見えないが、あれはメニュー操作をしている動作だ。
「それにしても、すごいね。一度作れた品質なら、NPCでもランク十で収穫出来るの。作るまでは大変だったのになぁ」
「まあ、農家職は品質を上げるまでが大変だって聞くからね」
「ちょっっっっっと待って!!!!」
本当の本当の本当に無粋だし申し訳ない自覚はあるし他人の会話に入り込むとかめちゃくちゃマナー違反なのわかってるけど、どうしても首を突っ込まざるを得なかった。
案の定二人とも、ものすごくびっくりした顔であたしを見ている。嫌悪感が混じっていない様子なのがせめてもの救いだ。
「本当にごめんだけどあなた、サイ園の人?農家の神?」
「へ?え?……かみ?」
女の子はきょとんとしている。でもさっき品質ランク十を作っている話をしていたよね。ランク十のトマトなんてあたし、サイ園しか知らない。
「ええ、と、かみは知らないけどサイ園は私の農園の名前ではある、けど……?」
混乱した様子のまま、辿々しく女の子が答えてくれる。優しい。
「ランク十のトマト、作ってる?」
「はい、一応」
こくり、と女の子が頷く。
農家の神がここにいる!!
あとサイ園ってシャレでも何でもなく、普通にプレイヤーネームだった。なんであんなに品質の良いもの作っているのに農園の名前はプレイヤーネーム+園の初期設定のままなのか。ってそうじゃなくて交渉!交渉しなくちゃ、あなたの野菜が欲しいんですって。
*
誉くんとユーニ塩湖に出掛けた帰り道、目的の水牛のチーズのマルゲリータを食べていたら、突然知らない人に話し掛けられた。
本当にびっくりした。だって見た目、完全にギャルのお姉さんだったから。ちょっとゆりちゃんを思い浮かべちゃったよ。
混乱している間にあれよあれよという間に、フレンド登録をすることに。何でも私の作る野菜のファンらしい。
「びっくりしたねえ、誉くん」
無事?食事を終えて、後日野菜の取引の相談をするということになってお店を出た。
「そうだね。サイさん、嫌じゃなかった?大丈夫?」
誉くんはあまり口を挟まず見守っていてくれた。グイグイ来られて驚いたけれど、私の作った野菜を純粋に褒めてくれるのは嬉しいから、嫌というわけではなかった。だから誉くんも無理に止めたりはしないでいてくれたのだろう。
「うん。野菜を褒められるのは嬉しいし」
「そっか。今日は僕も驚いたな。あのお店の店長さんにフレンドとか聞かれたこと、なかったし。あんなに話している姿ははじめて見たよ」
「そうなんだ」
誉くんは顔が良くて態度や雰囲気もまろやか穏やかだから、モテる、と私は思っている。実際一緒に街を歩いてみて、何度か声を掛けられていたし。
あのお店に通っているって言っていたけど、味がおいしいのは勿論だけど、店長さんに声を掛けられないっていうのももしかしたら誉くん的には大きなポイントだったのかも。ゆっくりごはんを食べたいのに話し掛けられると、落ち着けないもんね。
店長さん、顔の良い誉くんに見向きもせずに私をガン見して野菜の話をしていた。そういうところ、同じ職人系の職仲間としてはよくわかる。あの人もにじせかで料理を作るのが、きっととても好きなんだと思う。良い食材を得て、もっともっとおいしいものを作りたいっていう気持ちは、私がもっとおいしい野菜を作りたいっていう気持ちと一緒だ。
「水牛のチーズ、フレンドさんに話してくれるって言ってたね。取引出来たら嬉しいな」
「入手出来たら、何を作る予定?」
「うーん、迷うなぁ」
水牛のチーズはあまりクセがなく、あっさりしていておいしかった。優しい味わいをしていたと思う。マルゲリータで食べているから、チーズ単品で食べてみたらまた感じ方は違うのかもしれないけれど。
チーズを使った料理は色々ある。というか、ありすぎる。駄目だすぐには決められない。
「……ちょっと未定かな。品質が劣化しないように保管庫に入れて、しばらく考える……」
「チーズって何にでも合うしね」
唸りまくる私の心情を察してくれたらしい誉くんが、くすくすと笑う。
「贅沢にチーズフォンデュ、チーズタッカルビ、ああでもシンプルにカプレーゼ……ううんでも敢えてのデザートにするのもあり?」
「グラタン、チーズオムレツ、チーズハンバーグ、あとはパンと一緒にとか」
「候補が多すぎる!」
実に胸が躍る悩みだ。入手出来た量にもよるだろうけれど、これはしばらく悩みそうな予感がする。
※店長さんは誉くんが女の子であることを知りません。
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