6・楽しいお出掛けが何故かハードモード
街を出て早速お出掛け。なお目的地がどんな場所なのかは、まだ誉くんに内緒にされている。
「とりあえず、山を登るよ」
とのこと。現実世界の山登りといったらしっかりした装備を整えていかないと生死に関わる。けれどここはにじせか。山登りといえども道は整えられているし、そこまで時間は掛からない。そもそもステータスも高いし、疲労もアイテムで何とか出来てしまう。高尾山より簡単な気持ちでいけるレベルだ。リスクはないし、いざという時には街への帰還用アイテムがある。
なのでハイキング気分で景色を楽しみながら山道を歩いている。
「すごいね、夏だから緑が綺麗」
通り道、木々は青々と生い茂っている。とっても元気。
夏は尚更、緑が眩しいよね。葉の隙間から差し込んでくる太陽の日差しが、キラキラと踏みしめる地面を照らしている。
「どの季節に来ても、ここは綺麗だけどね。とはいえ、鮮やかなくらいの緑は気持ちが良いよね」
「誉くんは何度もここに来てるの?」
「まあ、結構来るかな。湖水地方は景色も良いし、敵も強いからレベル上げにも良いんだよね」
「そうなの?」
「うん。この辺りは湖水地方の中でも敵とはそんなに会わない方だから、あんまり心配しなくていいよ」
レベルが高い誉くんが敵が強いって言うくらいのって、なんかここ明らかに上級者向けの場所では?いや、気にするのはよそう。
今回私は一応武器を持ってはいるけれど、戦闘は誉くん任せの予定だ。まだ慣れていないから、戦闘をメインにしたお出掛けはまた別の機会の予定なのだ。
「サイさんって街の外に出るのはじめてだよね」
「うん、そうだよ」
雑談をして景色を楽しみながら歩き続ける。
農作業をやっていて体力はあるおかげか、特に疲れもやってこない。これといって敵との遭遇もないから、本当に穏やかなハイキングだ。
「街の外に出るとたまにPKがいるんだよね」
「ぴーけー?」
聞き慣れない単語に首を傾げる。何かの略だろうか。たぶんだけど、サッカーのPKではなさそうだよね。
「プレイヤーキラーのこと。要するに、プレイヤーがプレイヤーを倒すってこと」
「えっそんなこと出来るの?」
「街の外に出ればね。デメリットが多いから、やってる人はそんなにいないけど」
「デメリットって?」
「PKをしたプレイヤーは戦闘で死んだ時、ペナルティがあるんだ。所持金をすべて失うとか、ステータスが一定期間下がるとか、街に入るにも制限があったり、宿屋とかが使えないとか。まあ、それでもプレイヤーと戦いたいとか、怖がる顔を見たいとか、そういう人たちはいるんだよね」
ほぼデメリットじゃん。だというのにPKをする人はいるものなのか。謎すぎる。
「あっ誉くん、ウサギがいるよ!」
草陰からぴょこん、と飛び出してきたのは真っ白なウサギだ。可愛い。
「この辺りは景観に沿って、野生動物も生息しているんだよ。敵じゃないから、普通に可愛がれるよ」
「本当?」
そろそろーと敵意がないのを全力アピールしながらウサギに近づく。野生のウサギとはいえ、ここはにじせか。警戒心などどうやらなさそうで、無事ウサギを撫でることに成功した。
毛並みがサラサラモフモフ。そして可愛い。
「可愛いねえ!」(ウサギが)
「可愛いよね」(サイさんが)
野生のウサギでここまで真っ白い子はいないだろうな。尚更今は夏だし、夏毛だと野ウサギとかは茶色っぽいよね。でもウサギといえば毛は真っ白で赤い目のイメージがある。何でだろう。
モフモフをしばし堪能していると、急にウサギが耳をぴくぴくさせてから、ぴょんと逃げて行ってしまった。
「ああー……」
もうしばらく味わいたかった。残念。
立ち上がり誉くんの方を見ると、先ほどまでウサギを眺めていたほんわかとした優しい眼差しとは打って変わって、険しい表情をしていた。
「ごめん、サイさん。噂をすると寄ってくるっていうけど、どうやらそうなってしまったみたいだ」
「え?」
ガサガサと草むらから出てきたのは、ガタイの良い男の人三人だった。当然だけれど私は知らない人だ。表情を見るに、誉くんもそうとは思えない。
その人たちは三人とも頭上のプレイヤーネームが赤字になっていて、ドクロみたいなマークが付いている。街にいたたくさんのプレイヤーの人たちは一律して、名前は白で表示してあった。記号が入っている人も中にはいたけれど、こんなおどろおどろしいマークの人はいなかった。
「名前が赤い……」
私が疑問を口に出して言うと、誉くんが頷く。
「さっき話していたPKをしているプレイヤーの名前は、赤字でドクロ表示なんだ。その人たちを僕たちが倒してもPK扱いにはならないから、そこは安心していいよ」
そう話すなり誉くんは腰元にある剣を手に取り、臨戦態勢になる。これってもしかして、今私たちがPKに狙われているってこと?
「チッ楽しそうにデートしやがって」
「エンジョイ勢が俺らに勝てると思うなよ」
「リア充爆発しろ」
矢継ぎ早に男の人たちが喋る。なんかすごい理不尽な怒りを向けられている気がする。
「待って、そもそも誉くんは女の子だし、デートじゃないし!」
「えっデートじゃないの?」
「そこで誉くんが驚くの!?」
何だかもう話がゴチャゴチャしている。動揺しているし怖いしで、ぎゅっと大鎌の柄を強く掴んだ。
「うるせえ!まとめてやってやる!」
わけもわからないうちに話し合いも決裂したらしい。いやそもそも襲われる理由何なのこれ、理不尽が過ぎないかな。
考える間もなく三人がかりで武器を持って襲いかかってくる。
「サイさん、とりあえず切れたり取れたりはしても痛みはないし死にもしないと思うから、ちょっと待っててね」
「取れたりって何ー!?」
怖すぎる。痛みはないというのは聞いてはいても、戦闘経験がない私には恐怖しかない。だって普通に刃物が向かってくるんだよ、怖いよね。
誉くんは慣れているのか、向かってきた男の人を迎えて余裕そうに戦っている。二人がかりで襲われているのに上手に躱しながら攻撃をしていて、あの様子なら問題なく勝てそうだ。というかいちいち仕草が優雅なんだけど。隠せぬ王子様感!
「クソッこっちの女だけでもやってやる!」
けれどいくら誉くんといえど相手をするのは二人で手一杯で、私の方に男の人が一人来た。槍を持っていて、真っ直ぐこちらに向けている。
「キャーッ!!」
目をつぶり、思いきり、大鎌を振った。
「ギャッ」
短い悲鳴の後、ドシャッという音がした。恐る恐る目を開けて見ると、私に向かってきていた槍を持った男の人は、俯せになって倒れている。胴体のところ、ちょっとズレて見えるけど、気のせいだよね。カップラーメンのCMで一時期流れていたやつみたいな、上半身と下半身のズレを感じなくはない。高タンパクパク……と頭の中で歌が流れはじめた。いや今こんな陽気な状態じゃない、どう見ても。
「えっ、……え」
「あはは、一撃とは流石だねサイさん!」
ちょっと離れたところで誉くんが笑いながら声を掛けてくる。既に一人倒していて、あともう一人も随分弱っているように見える。
私の足元で倒れていた男の人は、やがてモヤモヤとした黒い闇に包まれて、跡形もなく消えた。ええとこれ、死んだのかな、もしかして。
そのうちに誉くんの方も戦闘が終わり、そっちにいた二人もモヤモヤとした黒い闇に包まれて消えていった。ものすごく不気味。こう、見るからに地獄に行きそうというか。
「PKしたプレイヤーの死亡エフェクト、ちょっと不気味だよね。普通はキラキラした光に包まれて消えるんだけど」
「……」
「それにしてもやっぱレベル高いだけあって、すごいねサイさん。多少のことでは死なないとは思っていたけど、スキルも使わず大鎌一撃とかかっこいい」
「あ、ありがとうって、言っていいのかなこれ……」
何というか、どっと疲れた。
誉くんも私のレベルに対する信頼度が高すぎないかな。レベル高いとそんなに違うものなのかな。ステータスポイント、まだ筋力にしか振り分けてないけど。
もしかして筋力に振り分けたからこその撃退だったのかな。大鎌を振ったけど特に何かに衝突した感じもなくスパッと振り切れた。でもさっきのプレイヤーの人が倒れたということは、大鎌に切った感触がなくてもしっかり当たったのだろうから。
……それはそれで怖いな、ある意味。武器の殺傷能力が高すぎる。いやだけど大鎌、かっこいいよね。
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