5・アンバランス リバティ



 今日は誉くんとお出掛けをする日。

 このにじせかの私の農園から外に出て、戦闘……はなるべく避ける予定だけれど、兎にも角にも冒険へと行くのだ。


 誉くんのように戦闘用のかっこいい装備を一切持っていない私は、とりあえず農家の正装とも言える普段通りのつなぎに着替えて誉くんを待った。

 よくよくステータスを見てみたらこのつなぎ、ちゃんと防御力上昇効果があった。農家の正装は農家の戦闘服でもあったのだ。……どういうことだろう。

 なので私は気分を上げるためにも、お気に入りのオレンジ色のつなぎを着て、大きな麦わら帽子を被った。足元は長靴では流石に格好がつかなかったので、防水加工の施された茶色のブーツを履いた。


「サイさん、こんにちはー」

「誉くん、こんにちは」


 約束していた時間より少し早く、誉くんが到着する。

 場所は普段通り、私の所有している小屋だ。プライベートスペースだし、集合にも丁度良いんだよね。私は外に不慣れだし。


 誉くんはいつもと同じ冒険に出掛けている時の格好をしている。

 比較的軽装で、動きやすい服装の上に胸甲をつけて、あとは長いコートを上から着ている。すらっとしていて足も長いし、全体的な線も綺麗。流石のイケメンさんだ。


「出掛ける前にサイさんの武器候補出してみていい?」

「うん。お願いします!」

 先日話した通り、まったく戦闘経験のない私に、誉くんが所持している武器をいくつか見繕ってきてくれた。本当にありがたい。私一人では何からしていいのか、何がいいのか、わからないからね。

 大きい武器もあるそうなので、小屋の外に出てプライベートスペースの敷地内で確認をはじめる。

「一つ目はね、一応棍棒なんだけど」

「棍棒だと、近接戦闘だね……出来るかな」

「これこれ」

 誉くんがスイスイと慣れた手つきでメニューを操作して、早速手元に武器を出す。

 カラン、コロン、と何故か可愛らしい音が鳴り響いた。誉くんが持っている武器から。

「これね、振ると音が鳴って可愛いんだよね。魔法少女っぽくて良くない?棍棒だけど」

 白で統一して作られた棍棒は上品な作りで、ところどころに金色の装飾が施されている、一目で上質なものだとわかる武器だった。けれど棍棒の先端から、カラコロカラコロと振るたびに可憐な音がする。先端にピンク色のハートみたいなマークもついている。

 ……これで敵を殴打するの?

「その、……ちょっと音がうるさいんじゃないかな」

「そう?可愛くってサイさんに似合うと思うんだけどな」

 残念そうに誉くんは棍棒を片付ける。

 誉くんの中の私、一体どんなイメージなんだろう。

「じゃあ、撃つたびに『きゅん、キューン』って可愛い音が鳴るサーモンピンク色の銃も駄目?」

「出来れば遠慮したいかな……」

「そっかぁ。残念」

 そちらに関しては音だけではなく見た目もやばい感じがある。サーモンピンク色の銃って……まあこれ、ゲームだしね。


「音がしない系なら、これかな。かっこいいやつ」

 そう話して誉くんが取り出したのは、大きな鎌だ。本当に大きい。柄が長く、全長は誉くんの背丈を軽く超えているくらいに。

「大きいね」

「うん。でもこれ細身でしょう?軽いんだ」

 その大鎌は全体が真っ黒。装飾も一切なく、ただの黒い鎌、といった無骨な作りだ。持ち手は私の手でも軽々と掴めてしまえそうなほど細く、鎌の刃も細身だがとても鋭い。

 何というかこう、死神が持っていそうな大鎌だ。

「かっこいい……!!」

「でしょう?サイさんならそう言うと思ったんだ。持ってみる?」

「うん!」

 感想としては本当に、ものすごくかっこいい。シンプルな作りだからこそ、この、魂を狩ることに特化しました♡みたいな無骨さがたまらない。

 誉くんから受け取ってみると、確かに大きいのに軽かった。私二人分弱くらいの全長がありそうだ。けれど柄が細く、すごく持ちやすい。

「離れてるから、ちょっと振ったりしてみたら?ああ、やりづらかったらステータスポイントを筋力に振り分けても良いかも」

「わかった、ちょっと素振りしてみるね!」


 大鎌に当たらないように誉くんが離れたのを見てから、ブン、と試しに振ってみる。

 右から左へ、上から下へ。ブンブンといくらか振り回してみると、筋力がもう少しあれば思った場所で大鎌をピタッと止められるかもしれないと感じる。思い切り振ると、勢いを止めきれなくてちょっとぐらつくのだ。

 誉くんのアドバイスに従って、貯まったままだったステータスポイントを筋力に振り分けることにする。

 ポイント、三百四十五もあるしなあ。ある程度他のところに振り分けるにしても、とりあえず二百ポイントくらいは筋力でいいんじゃない?だってこの大鎌、思うがままに振り回してみたいよね。

 ということで二百ポイントを筋力に振り分ける。すると、手にしていた大鎌はもはや羽のように軽くなった。

 ブンブンと上下左右に振り回してみても、思いのままに動くし、ここだと思った場所でピタリと止められる。


「誉くん!すごい、すごいよこれ!すごく良い!」

 私は楽しくなってぴょんぴょんと跳ねる。体の大きくない私がこんなに大きいものを自由に振り回せるのもすごいし、なんかもう、とにかくかっこいい!

「じゃあサイさんの武器は大鎌で決まりだね。喜んでもらえて嬉しい。じゃあこれ、譲渡するね」

 誉くんがメニューを操作すると、私の方に通知が来る。誉くんからこの大鎌を譲渡されました、というお知らせだ。

「こんな良いもの、本当にいいの?」

「勿論。サイさんが冒険をはじめるお祝いだし、いつもお世話になっているお礼も兼ねて」

「ありがとう……!」

 私は早速もらった大鎌を、メニュー画面を操作して武器欄に装備した。すると更に手に馴染む感覚がする。

「装備した武器は、使うほど成長していくからね。それを育てていくのも、楽しみのひとつだよ」

 誉くんが唇に人差し指をあてながら、教えてくれる。顔が良い上に無駄に動作が色っぽい。これでは確かに、ファンは増えそうだ。

「大鎌は大きいから、少し斜めにして背中に背負って移動出来るよ」

「えへへ、折角だからこのまま手に持って移動しようかなあ。軽いし」

「ふふ、気に入ってもらえて嬉しいよ」

 浮き足だっていた私は、オレンジ色のつなぎ姿で死神のような大鎌を持ち歩くという謎の格好になっていたことに気付くことはなかった。





 準備も整ったので街へと出る。たまに食事をしたり買い物をするのに街へと出ることはあるけれど、私は基本引きこもっていた。久しぶりに見る街の風景は以前見たものと変わりはない。相変わらずプレイヤーが多い。

 頭の上に名前が浮かんでいるのはみんな、プレイヤーだ。NPCにはただすれ違う分には表示はなく、話し掛けたり、イベントが起こっていたりすると、頭上に名前とNPCという表記が見える。

 でも何だか、いつもより注目されているような気がする。いつもは全然、私の方なんて見ないのに。

「……あっ、誉くんか」

「うん?どうしたの?」

 今日は誉くんが隣を歩いている。そう、誉くんはかっこいいので、注目を浴びてしまうのは必然とも言える。

「いや、誉くん注目されてるなあって思って」

「そうかな?」

 うーん、流石慣れているのか平然としている。視線とかももう気になったりしないのかな。普段通りニコニコしている。

「あ、あそこの転移陣から他の街に飛べるからね」

「わあ、転移陣。はじめて見た」

 転移陣は街と街を繋ぐものだ。行ったことのある街には、基本的に自由に転移出来る。

 私ははじめた時から街を移動していないから、使うのは初。私が行ったことがなくてもパーティーを組んでいる人が行ったことのある街なら一緒に移動出来るから、出掛ける前に誉くんとはきちんとパーティー登録をしてきた。

 転移陣で誉くんが操作をすると、ふわっとした感覚があったあと、光に包まれる。


 目を開けるともうそこは、既に違う景色だった。


 空がとても広い。澄み渡るほどの綺麗な青で、雲は鳥肌が立つくらい真っ白。街にある建物も白で統一されていて、太陽の光が当たってとても綺麗。

 高い建物がないから空が広く感じるのだろう。それにこちゃこちゃと物が置いてあることもなく、街並みが整えられている。白い建物の窓辺にはどこも色とりどりの花が飾られていて、素朴で美しい世界というのはこういう場所のことなのかな、と思う。


「すごく綺麗な街」

「だよね。ここは湖水地方って呼ばれてる。空や水とか、景色が綺麗なことで有名。勿論ゲームだから、実際の湖水地方とは違うけど、すごく綺麗な景色って意味でそう呼ばれてる」

 湖水地方って確かイギリスだっけ。自然が豊かで湖が美しくところだったよね。行ったことはないから、実際に見たことはないのだけれど。

 とはいえ誉くんの言った通りゲームの世界の話だから、そちらとは全然違うものだろう。

 街の建物を見た全体的な雰囲気も、イギリスだけを感じるものではないと思う。白い街並みといえばギリシャの印象が強いし。

 湖水地方、というからには、湖はたくさんあるのかな。

「街によってこんなに違うんだね」

 私がいた街はいわゆる初心者の街で、人が大勢溢れていた。けれどここは歩いている人もそう多くはない。ゆったりとした時間が流れている感覚がする。

「ちなみに水牛のチーズを使ったマルゲリータがめちゃくちゃおいしいお店がある」

「何それ行きたい」

「あはは、帰りにね!」

 そんなことを聞かされたら行く前から帰るのが楽しみになってしまう!


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