4・友人との一喜一憂



「あははははははは!!!!」

 待ち合わせ場所をカフェにしなくて良かった、と心底思った。カラオケボックスの一室で、友達の抑えるつもりの更々ない笑い声が響き渡る。

「もう、そんなに笑わなくてもいいじゃない、ゆりちゃん!」

 お腹を抱えて大笑いしている彼女は、これでも私の友達だ。同じ大学、同じ学部のゆりちゃん。お淑やかな名前をしているのに本人は竹を割ったような性格をしていて、正直なところ百合の花とは似ても似つかない。そういうところが話しやすくて気が合ったし、好きではあるのだけれど。

 なお、見た目も百合の花とは似つかず、バリバリのひまわりみたいな金髪だ。ただし根元は完全に黒いので、立派なプリンさんである。

「だってこんなん笑うしかないでしょ!ゲームのフレンドに胸揉ませろって言われるとか!」

「触ってみたいな、だよ。一応言われたのは」

「一緒一緒!はー、おかしい」

 まだくつくつと笑っている。しっかりツボに入ったらしい。

「いやまあ確かにまつりの胸はでかいし柔らかそうだし、触ってみたいなーって気持ちはあたしもわかんなくないけど」

「わかんなくないの!?」

「そこにでかい胸があったら揉みたいじゃん」

 ゆりちゃんは両手を前に出して、わきわきと動かす。何かを揉んでいそうなその手、やめてほしい。何となくさっと胸を隠す。


「アレ実装で気絶した話もめちゃくちゃ面白かったけど、それを超えてくるとはねー。まつりのここ数日がハードモードすぎてウケる」

「もう。他人事だからって、そこまで笑うなんて」

「ああでも、リアルで簡単に会わないのは良いことだよ。まつりってチョロそうだし、ちょっと心配してたけど」

 ゆりちゃん、いちいち余計な一言を付けているというか、それがやたら辛辣というか。いや、私を案じてくれているのはわかるのだけど、なんかちょっと解せない。

「昼間のカフェとか人目のあるとこで会ったとしても、厄介な相手だと解散した後家までつけてきたりとかもあるみたいだからね」

「ええ、怖……」

「そうそう。勿論良い人だっていっぱいいるけど、そんなの実際わかんないからね。ぺろっと個人情報吐いたりしないように気を付けなよ」

「肝に銘じておきます」


 ゲームに不慣れな私と違って、ゆりちゃんは子供の頃からゲームばっかりしてきたらしい。

 にじせかを勧めてくれたのもゆりちゃんだし、わからないことがあったら相談するのも必然的にゆりちゃんだ。彼女は趣味でのゲームをとても楽しんでいる。


「レベルアップのステータスポイント振り分けてないのも面白いんだけどさ。言われなくてもなんかポイントついてるなーって思ったらどうにかしようとするじゃん」

「……農作業が楽しすぎて普通にステータス見てなかった……だって農作業するのに支障なかったし」

 私のその発言にまたゆりちゃんが笑い出す。もうこれ一回ツボに入っちゃったから、笑いの沸点がめちゃくちゃ低くなってるんじゃないかな。

「とりあえず、一気にステータス上げたら動きづらくなると思うから、ちょっとずつ上げたらいいんじゃないかなって誉くんにアドバイスもらった」

「うんうん、あたしもそれがいいと思うよ。体力とかは良いかもだけど、急に素早さとか上がったら感覚掴めないと思うし」

 本来ならレベルアップした時に五ポイントずつ上げていくものらしいし、やっぱり急に上げすぎるのは感覚がおかしくなるのか。レベル七十分のポイントだから、三百四十五ポイント貯まっていた。一気に上げたらやばい感じ、確かにする。

 現在のにじせかでの私のステータスは農家職の規定ポイントだけがレベルアップ毎に上昇している状態で、体力と筋力は高めだけど、魔力や素早さはあまりない。頑丈さはまあまあといったところだった。


 考えていたらお腹空いてきたなあと思い、テーブルの上にあるフライドポテトに手を伸ばす。

 随分前に店員さんが持ってきてくれていたけれど、話に夢中で全然手を付けていなかった。

 ぱくり、と手で摘んで食べる。細身のフライドポテトで、揚げたてでカリカリ、というよりは少ししんなりしている。程よく温かく、塩気が丁度良い。

「切って揚げただけのお芋なのに、どうしてこんなにおいしいんだろう……」

 ひとつ、またひとつ、と次々手が伸びてしまう。

「背徳の味だよねぇーポテトチップスもそうだけど」

 つられてゆりちゃんもフライドポテトを食べはじめる。そして私と同じように、次々と手が伸び出した。

「油やカロリーについて考えちゃ駄目……ううっおいしい!太っちゃう!!」

 勝手に伸びていく手がつらい。そしておいしい。ほくほく。

「まあジャガイモも野菜だから。セーフセーフ」

 というゆりちゃんの悪魔のような言葉に敗北した私は、フライドポテトのおかわりを所望することとなった。


「にじせかでも作ってみようかなーフライドポテト」

 ジャガイモはストックしてあるものがある。勿論、品質もなかなかに良く育てた野菜だ。

 けれどにじせかだと料理するのも結構簡単だから、現実ではあまり作らないような割と手間の掛かるような料理を作ることが多かった。

 現実世界のように一から自力で料理することも出来るし、レシピを検索して食材を揃えればワンタッチで出来たりもする。煮込み時間だけ短縮、とか便利な機能もあったし。何より片付けが一瞬で終わるのがすごい。

 簡単にすればするほど味は単調というか、冷凍食品や全国チェーンのファミレスみたいに一定の整った味になる。自力で作った方がおいしくなるから、料理人とかを職業にしている人たちもいるくらいだ。

「ジャガイモの品質どのくらい?」

「ストックしてあるのは品質ランク七」

「たっか。ヤバイフライドポテトが爆誕しそうなんだけどそれ」

「止まらなくなっちゃう予感しかしない。……あっちょっと作るの怖くなってきた。ああでも食べたい」

「塩は?大事だよ、フライドポテトの塩!」

「塩!!」

 うちは野菜農家なので塩は生産していない。

 でもフライドポテトには塩、大切だよね。味の決め手と言っても過言ではないほどだよ。盲点だった。

「一般流通してる塩しか持ってない……!」

「折角品質の良いジャガイモなんだから、塩にもこだわろうよ。あたしも探しておくから、ブランド塩!」

 ブランド塩とはその名の通り、にじせかで塩を生産している人たちが作る塩のことだ。

 一般流通している塩はNPCたちが生産していてお手本のようなノーマルな塩だけど、プレイヤーが作る塩は別格だと聞いたことがある。

 数が少ないこともあってあまり市場に流通しないから、とってもレアだ。けれど一人二人ではなく、そこそこの人数が塩職人として活動している。運が良ければ入手出来るかもしれない。

「確かに。私も探してみる。食べたいよね、究極にヤバイフライドポテト!」

「ホントにね!沼る予感しかしないけど!」

 私の言葉にゆりちゃんが笑った。

 そしておかわりしたはずのフライドポテトはいつの間にかテーブル上のどこにもなく。すっからかんになったお皿は見ないふりをして。まあ、カラオケに来ているのだから。歌うことって結構エネルギーを使うって言うから。きっとプラマイゼロになるはず。


 こうして、にじせかでやってみたいことが一つ増えたのだった。


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