3・冒険のはじまり、の前に準備をしよう



「サイさんって戦闘経験ないんだよね?」

「うん、まったく」

 誉くんの言葉に頷く。

 このにじせかでもないし、他のゲームでも経験はない。やっぱり難しいのかな。

「色んなところに出掛けるなら戦えた方が楽しいと思うけど、サイさん抵抗とかない?」

「やってみないことには何とも言えないけど……というか、私農家職だけど戦えるのかな」


 にじせかをはじめるにあたって行った、職種の選択。私は迷わず農家を選んでいる。

 最初に選べる職種は一つだけだが、レベルが上がるとサブ職種を選べたり、アイテムを使って転職することも出来る、と聞いたことはある。とはいえ農家がやりたくてにじせかに来たのだし、出来るなら儚い希望も捨てたくない。農家職のままでいたい。折角農家の職種レベルも高いのだし。


「基本どの職でも戦闘能力は有しているからね」

「そうなの?」

「うん。例えば鍛治だと、ハンマーとか火魔法が使えるはずだよ。自分で素材を取りに行くこともあるだろうし」

 言われてみれば確かに……。ずっと引きこもっていたからあまりステータスとかは気にしたことなかったけど、あったような気がする。

「えっと、メニュー開いて見てみたらいいのかな」

「そうだね。僕も見ていい?」

「うん、いいよ」

 メニュー画面を開く。操作をすると空中に表示が出てくる。誉くんにも見えるように、閲覧許可の操作もする。

 空中に浮かんだメニュー画面は、何度も操作しているから使い方ももうわかる。農作業ばかりしていても、着替えをしたりアイテムを使ったり畑の状態をデータで確認するのにもこの画面を使うから。

 その中でステータスの画面を開く。ここが確か自分の状態を見るところだ。


「レベル七十……?サイさん、ものすごくレベル高いね」

 誉くんが驚いた声を出す。指差した先を見ると、確かにレベルは七十と書いてある。

「いつの間にこんなに上がってたんだろう」

「というか、農作業だけでかなりレベル上がるものなんだね。はじめて知ったよ」

 毎日毎日ひたすら農作業を楽しんでいたけど、それでこうなったのかな。

「誉くんはレベルいくつなの?」

「僕は九十五。ちなみにだけど、にじせかの現行レベル上限は百だよ」

「えっ、じゃあ誉くんもうちょっとじゃない。すごいね!」

 パチパチ、と拍手をする。急に褒められてびっくりしたようだけど、誉くんはすぐに嬉しそうに笑った。私もそうだけど、褒められたら誰だって嬉しいよね。

「ありがとう。それで、にじせかをガチで攻略している感じじゃなければ、レベルっていっても精々五十くらいが多いんだよね。六十からすごく上がりにくくなるから」

「そうなんだ」

 私はステータス画面も久しぶりに見たくらいだし、自分のレベルがどんな風に上がってきたのかはさっぱりわからない。


「使える武器は鎌と銃と棍棒、弓、剣……幅広いな」

 誉くんが私のステータス画面を見て、細かく教えてくれる。というか私、そんなに多種多様な武器を持てたんだ。知らなかった。

「鎌は雑草駆除関係でかな?他のはなんか、害獣駆除っていうか……」

「何なら自ら狩りに行きそうなラインナップだよね」

 誉くんの言葉に笑ってしまう。同じことを考えていたから。

「ほんと!」

「たぶん、レベルアップで扱える武器が増えたからだと思うけど」

 鎌とか銃とかかっこいいな。でも鎌は大鎌じゃないとちょっと見た目が完全に草刈りのそれだからなあ。銃は銃で、果たして当てられるのか……。弓もそうだけど。

 棍棒や剣の近接戦闘はちょっと怖いし、出来れば避けたい。私わりとどんくさい方だという自覚は悲しいけれどあるし。

「武器は後でお店見てみよう。あ、それか僕が持っている武器で良いのあったら、あげるよ」

「本当?ありがとう!色々見てみたい」

 本当に誉くんは優しい。優しいしかっこいい。神かな?


「それで魔法の方は、……うん。水と風と土、あと雷も使えるみたいだね」

「雷!なんかかっこいい」

 でもどうして雷なんだろう。雷……ビリビリした感じのものといえば、害獣駆除用のビリビリ柵だろうか。畑を囲って電気を走らせて、猪とかを来ないように、来ても電気で通れないようにするやつ。

「魔法はここに書いてある魔法の名前を言うだけで発動するから簡単だよ。リキャストタイムがあるから、すぐに同じ魔法は放てないけど」

「リキャスト……?」

「魔法を使ったら、同じ魔法を次に使えるようになるまでにある程度の時間が必要ってこと。ここに書いてあるよ」

 ステータス画面の魔法が書いてある部分のところに、確かに秒数や分数が書いてある。魔法によってまちまちみたいで、三十秒ほどのものもあれば、三時間掛かるものもある。

「リキャストタイムは武器で戦う時に使うスキルでもあるから、慣れてくると段々わかってくると思うよ」

「そうなんだ。難しいね」


「ひとまず戦闘準備は整えるけど、初回は戦闘を避けて出掛けない?サイさんを連れて行きたいところ、あるんだよ」

 その提案はとてもありがたい。

 戦闘の速度に果たして私がついていけるのかも謎だし、まずはお出掛け感覚で行ってみたいなと思う。

「うん。嬉しい。楽しみ!どこに行くの?」

「それはね、当然!着くまで内緒」

 そう言って、誉くんは悪戯げに笑う。やたらと顔がいい。こう、王子様然というか。


「あ、そういえばサイさんってキャラクターの初期設定の身体値情報って、リアルとほぼ合致してる?」

 身体値情報……確か最初にキャラクターを作る時、あったな。身長とか体重とか、そういった体の形の情報。

 でもこういう感覚を重視したフルダイブ型のゲームは現実とあまり変えない方が、齟齬なく動けるって聞いていたから、私は髪や目の色を変えたくらいしかしていない。

「うん。そのまま」

「そっか。戦闘みたいな速い動きになると、リアルとズレがあるとやりづらいからね」

「誉くんも?」

「うん。僕もそのままだよ。色は変えたけど」

「一緒だね。わあ、じゃあ誉くんはリアルでも背が高くてすらっとしてるんだね。いいなあ!」

 私は背はあまり高くないから、背の高い人にはとても憧れがある。誉くんは特に全体的に線が細くて、でも痩せているっていうよりはスマートな感じがして、すごく理想だ。

 背が低いと太っているのも目立つし、高いところのものを取るのにも一苦労だし、あんまり良いことがない。

「僕はサイさんの、すごく好みだけどね」

「ええー。隣の芝生は青い、ってやつかな」

「いや。はじめて会った時から胸が大きくて形が良くて、いつか触ってみたいなとずっと思ってた」


 ……なんて?

 気のせいかな、と思ってじっと誉くんを見ると、とてつもなく爽やかな笑顔を見せている。

「そろそろ揉んでも許される仲だろうか」

「いやいやいや」

 気のせいじゃないな。誉くん、私の胸を触ってみたいって言ったな。

「一応同性だけど、だめ?」

 きょと、と首を傾げてみせる誉くん。あざとい!可愛いが、あざとさが全開だ。あと、一応って何!

 顔が良いからすべて許されるとでも思っているのだろうか。確かに顔が良くて絆されそうになって、まあ女の子同士だし良いかなとか一瞬思いそうになったけれど。普通に駄目だよ。

「現実世界で同性とは限らないし……」

「ええー」

 不満そうに唇を尖らせる誉くん。視線は私の胸にじーっと向けられている。もうオープンしたから隠す気もないのだろうか。

 今日は農作業が出来ないと思っていたから、ゲーム内の私の姿はいつものつなぎではない。小屋の中だから部屋着だし、にじせかが夏設定だから薄着だ。つなぎとは違ってはっきりと体の形が出ている。

「じゃあ、そのうち会おうよ。リアルで!そうしたらいい?」

「何でそんなにこだわっているの……」

「一目惚れなんだよ、サイさんに!」

 サイさんの胸に、ではなかろうか。

 誉くんは何といっても顔が良いので、ここに至るまでの発言の内容さえなければ満点ですべての女性が陥落したことだろう。あ、でも誉くんも一応女性なんだっけ。

「胸目的ではちょっと、……嫌かなぁ……」

 これまで私の中で築き上げられてきた、優しくてかっこよくて頼りになる誉くんがガラガラと音を立てて崩れていく。

 それはそれとして人柄は好きだしいっぱいお世話になっているから、嫌いになったりとかそういうのはないけど。友達だしね。

「胸だけじゃなくて、サイさん全部が目的なんだけどな」

「今更感がすごい」

 誉くんが、にこーっと子供みたいに笑う。

 たぶん、こういう発言しても私がきっと誉くんを許すのだと確信してのことなんだろうな。そのくらい、お互い仲良くなった感覚はある。


「それはまた今度お願いするとして。で、サイさんはレベルアップのステータス振り分けはどうしてる?」

 あ、突然本題に戻るんだね。でも聞いたことのない内容だったから、首を傾げる。

「……もしかして、やってない?」

「恐らく」

「あー……まあサイさん、戦闘には行かなかったしね。最初にキャラクター作る時、ステータスポイントってあったでしょ?体力とか、筋力とかの」

 確かにあった気がする。農家の初期ステータス値の他に二十ポイントくらい自由に振り分けて良い、みたいなものがあって、農作業に使いそうな体力とか筋力に振り込んだと思う。

「あったね」

「そのステータス振り分けるポイント、レベルアップした時にも五ポイントずつ貰えるんだよね。その振り分けは手を付けていない、ってことだよね」

「……した記憶、ない」

「わあ……農家職の規定ポイントだけでレベル七十……」

 何だか誉くんが遠い目をしている。


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