2・さようなら理想の生活



 あれから、もしやゲームの世界でならアレとの接触もどうにかならないか。そう考えて何度か試したものの、姿を見るだけで私は叫んでしまい、強制ログアウトされた。

 もう本当、心の底から苦手なんだ。どうしようもない。

 現実世界もこれのせいで農作業が無理だった私は、にじせかでも無理になってしまった。


「もう廃業だよ……土を触れない農家なんてさぁ……」

「サイさん……ごめん。最早慰めの言葉もない」


 小屋の中で項垂れる私を、誉くんは慰めてくれている。でももうずっと私はこんな感じで、誉くんの語彙も尽きた。

 運営さんにはアレの実装はガチでやめてくださいって何度かメールで要望を出してみたけど、なしの礫というやつですよ。せめてアレのオフ機能とかつけてほしい。有料でもいいから。

「サイさん、本当に苦手なんだね。ミミ……」

「その名前は口にしないで」

「……アレのこと」

「駄目なの。アレは本当に……姿から動きから何もかも駄目なの」

 幼い頃、学校の授業の一環で地域に花を植える活動があった。その時花が入った黒いポット

を持ち上げた時、形容し難い感覚が手に走って花を落としてしまった。ビタン、と落下した花と、突然現れたウネウネと動く得体の知れない存在との初邂逅。幼い私はその時叫んで、気を失ったらしい。

 あれからもうずっと、駄目。どうにかしようと思ってみたけど駄目だった。


「とりあえずさ、折角作り上げた畑を全部失くしてしまうのは勿体ないし、NPCに管理してもらったらどうかな。これまでサイさんがしてきた品質を上げることは出来なくても、維持することは出来るはずだから」

「……でも……」

「もしかしたら要望が通って、ミ……アレのオフ機能とか実装されるかもしれないし、そうしたらいつでも農家に戻れるよ」

「そうかなあ……」


 正直なところ、手間暇掛けて育ててきた畑をNPC任せにしてしまうのはつらい。

 収穫とかは土に触れずに出来るから私でもやれるかもしれないけれど、……いや、アレはいつでも土の中にいるというわけでもないから。収穫中に出会ってしまったら全てを放り出して気絶、というか強制ログアウトされてしまう。

 品質を上げていくのに土に触れるのは必須だ。運営さんが何とかしてくれない限り、私は八方塞がりの状態確定だ。

 NPCやアイテム頼りでは本当に、現状維持しか出来ない。まあ現状維持でも既にランクの高い野菜と畑だけれど。


「でもそうしたら私、にじせかでやることなくなっちゃうよ」

「それなんだけどさ、サイさん。僕と一緒に冒険しようよ!」


 誉くんの言葉にきょとんとする。

 冒険。すごくファンタジーっぽい。でも興味があるかといえば、そんなにはない。私はずっと農家ひとすじだったし。

 しかし誉くんはやたらとキラキラした目でこっちを見てくる。ものすごく期待している。


「誉くんって旅したり戦ったりを楽しんでるんだっけ?」

「そうだよ。僕は剣士職だからね。ソロでやってるしギルドにも所属していないから、しがらみとかもないし、サイさんと楽しく遊べると思うよ」

「私、ものすごく初心者だよ?」

「構わないよ。僕、サイさんが好きだからサイさんと色んなとこ行ってみたいんだ」


 誉くんがにっこりと笑う。相変わらずのイケメンさんである。

 ただちらっと聞いた話だけど、誉くんって結構有名なプレイヤーらしい。私ににじせかを勧めてくれた友達は私が誉くんとフレンドになったのだと話した時、あの誉くん!?とすごく驚いていた。あの誉くんなのかわからないけれどどんな人か話してみたら、どうやら同じ誉くんだった。イケメンで王子様のような物腰でソロなのにめちゃくちゃ強い、ということで有名らしい。パーティーに誘ってもギルドに誘っても拒否されるのだとか。

 ……私のような初心者と一緒に冒険に行きたがるのなら、やっぱり誉くん違いなのかな?


 考えながらちらり、と誉くんを見てみると、変わらず子犬のような目で私を見ていた。

 何故だかは不明だけど、出会った当初から誉くんの私への好感度、やたらと高い気がする。何がそうさせているのかは本当にまったくわからないのだけれど。


「わかった。じゃあ、誉くん。私ににじせかの他の楽しみ方、教えてくれる?」

 私がそう話すなり、誉くんの表情はぱあっと輝き、前のめりになって私の両手をガッシリ掴んだ。圧がすごい。圧が。

「勿論だよ!わあ、すごく楽しみ。連れて行きたいところ、いっぱいあるんだ!」 

 無邪気な少年のように誉くんは弾んだ声で話す。手を掴まれたままぶんぶんと上下に振られ、私はもう誉くんにされるがままだ。

 理想の生活はさようならをせざるを得なくなってしまったけれど、ここまで熱望されているのなら、冒険にチャレンジしてみるのも良いかもしれない。誉くんを見ていて、そう思った。


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