1・急転直下な夏の夢



 VRMMO『Rainbow Word』にログインをして、お知らせが届いていることに気づく。そういえば昨日の夜中から今日の朝方にメンテナンスが入って、アップデートをされたのだった。

 昨日、誉くんとも話していたな、とふと思い出しながらお知らせを読む。

「アップデート内容は、……より現実世界に近くなるように生物を追加?……モンスター的なものが増えたのかな?」

 私は基本的に畑に引きこもっているから見たことはないけれど、広いこのにじせかの世界はとても冒険しがいのあるものらしい。

 現実にいる猪や熊などの他にも、現実には恐らくいないユニコーンとかドラゴンもいるそうだ。

 にじせかのアップデートはこんな風に曖昧に表記されることが多く、自分たちで見つける楽しみを大切にしている。

「テイマー職の人たちは大喜びしそう」

 まあどんな生物かにもよるだろうけれど。

 以前アップデートでケセランパサランという謎生物が追加された時には、特にテイマー職のみなさんは大喜びですごかった、と誉くんに聞いたことがある。


 公式のショップを一応覗いてみたけれど、新たな植物の種の追加はないようだった。残念。

「なら、今日も残りのトマトの収穫しようかな。メロンの様子も見たいし」

 というわけで、私はいつも通りだ。


 いつもログアウトはプライベートスペースの小屋の寝室でしている。特に冒険にも出ていないから、にじせかでまだ死んだことはないけれど、リスタート地点の設定もここになっている。

 私のような農家職だと畑が必須になってくるからプライベートスペースがあるけれど、そういうのが必須ではない職種、例えば冒険を主軸に動いているプレイヤーたちは、自宅を持っている人は多くないらしい。そういう場合は宿屋を設定するのだとか。


 仕事着であるいつものつなぎを着用する。着替えもメニュー画面でぽちぽち指で押すだけで一瞬で済むから、すごいなあといつも思う。

 仕事着は作業着でも良かったのだけれど、折角だからと少し憧れのあったつなぎにしている。現実に着るとお手洗いがめんど……心配になるけれど、ここはゲームの世界。そういったことに煩わされない。というかにじせかやっててお手洗いに行きたくなるのはそれ本当のやつだから、中断して行かないとやばい。

 お気に入りのつなぎはオレンジ色のものだ。バシバシと蛍光色の強いものではなく、あっさりとしたオレンジ色で、とても可愛らしい。

 そこに麦わら帽子を被る。つばが広い、ちょっとおしゃれなやつだ。大きな白いリボンがついていて、そこもまた爽やかで可愛い。夏の必需品だ。

 現実でこんな派手派手な格好は恥ずかしくてとても出来ないのだけれど、ここはゲーム。思い切って可愛いを優先した結果だ。それに自分とフレンドくらいしか、見る人もいないし。


 小屋の外に出てみると、今日もまた良い天気だ。ギラギラとした夏特有の強い太陽も、私は結構好きだ。

 ふんふんと鼻歌を上機嫌に歌いながら畑へと向かう。

「私のトマトちゃんたちは元気かなー?」

 うんうん。今日も瑞々しい輝き。素敵。

「少し、お水あげた方が良いかな。暑いから土、だいぶ乾いてるね」

 水分量はトマトにとって大切なことだ。水をあげすぎてしまうと、トマトは甘くなってくれない。ちょっと飢餓状態にした方が、頑張って生きようとしておいしくなるから。

 とはいえあんまりカラカラでは枯れてしまうからね。土の状態の確認はとても大切だ。まだ収穫に適さない、もう少しで綺麗な赤色になりそうなトマトもあるのだし。

 そう思い、畑の土に触る。少し手で掘ってみて中まで確認して、…………


「ギッ…………!!!!」


 ぶつん。


 目の前が、真っ暗になった。




 *




 びっしょりと冷たい汗が体のいたるところから出ている感覚がする。手足も冷え切って、小さくカタカタと自分の体が震えていることがわかった。


「……強制ログアウト、された……」


 どうにか腕を動かして頭につけている機械を外す。ヘルメットみたいな形の、VRMMOを遊ぶための機械だ。

 視界には見慣れた自分の部屋。まごうことなき現実世界である。

「…………」

 ゲームの強制ログアウトを体感したのははじめてだ。本当に突然、ぶつっと切れるものなんだなあ。

 安全装置として、感情が激しく揺さぶられた時とかに作動するというのは聞いたことがあった。滅多にはないらしいけれど。


 強制ログアウト前のことを思い出す。見間違いや夢でなければ、あそこには確かに、アレがいた。


「むり……無理無理無理無理無理無理無理!!無理!!!!」

 ぶんぶんと頭を振る。

 わかっている。良い土にはアイツがいる。わかっている。土としては良いことなのだと。けれど私はどうしても、どうしても無理だ。あの存在そのものが。何もかもがどうしようもなく苦手なのだ。それこそ現実世界でも叫び出して気を失ったこともあるほどに。


 この日、何にでもなれるはずの世界でも私はなり損なってしまったのだということに気が付いた。

 『現実の世界とそっくりの感覚に作られている』から、良い土にはアレがいるという設定をアップデートで反映させた。実装された生物、そのうちの一種がアレだったのだ。

 夢であってほしかった。けれど微かな希望を抱き締めて再ログインした私は、悲しいことにまた強制ログアウトされたのだった。


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