東京浮浪少女隊
エイミー
東京浮浪少女隊
顔の辺りの少しだけ射してくる太陽の光に目が覚める。
「あっ、起きた?おはよ、咲」
「ん…凪ちゃん。おはよ…」
寝惚けた眼を擦りながら、うんしょと立ち上がる。
「あれれ、秋ちゃんは?」
昨日私の隣に寝ていた秋ちゃんの姿が見当たらない。
「あー、秋なら、散歩とか言って、ちょっと前に出ていったよ」
「あ、そうなんだ」
散歩かあ。早起きしたのかな。朝1人で歩いたりしたら気持ちいいのだろうか。
…いや、でも、絶対に、3人でのほうが、いい。
まだ若干眠気が取れない。陽の光を身体中で浴びたい。
そう思って外に出る。少し動けばぶつかりそうな低さの、洞窟の入り口の様な穴を、四つんばいで、地面に手をついてくぐり抜ける。
するとすぐに、さらに、辺りが眩しくなる。
これくらいの太陽も…心地良い。
子供が遊ぶには少し狭いくらいの、人気のない、公園。
「今日も一日が始まったね」
私の後から凪ちゃんもドームの中から出てきた。
いいかげん慣れてきたけど、遊具の中に身を隠して、地べたの上で寝るのにはやっぱり大分疲れる。
私、凪ちゃん、秋ちゃん…は今いないけど、この3人だけで、ずっと過ごすのもなかなか悪くない。
私たちはみんな、生まれてすぐに捨てられたらしく、今までずっと、孤児院の中で暮らしてきた。
2人ともそこで出会って、仲良くなった。
施設の人は優しかったけど、そこにいる子供たちが、嫌な奴ばかりだった。
孤児院内は中学生たちが牛耳っていて、いくら高学年といえども、小学生の私たちに人権は無かった。とんでもない階層社会…。
酷いいじめを受けたり、なんだかんだ…だ。
それで一週間くらい前に、3人で、施設を抜け出して、ここまで逃げてきたのだ。
東京の夜は怖い。若者の人たちが夜中まで騒いでいて、賑わってるとこなんか行くのは危ないらしい。
ましてや小学生だけで夜の東京を歩いてたりなんかしてたら、、警察の人に捕まってしまう。
向こうは心配してくれてんだろーけど、ありがためいわく、というか。
だから日が落ちてきたらこの公園…いや、ひみつきち?にもどってきて、次の日を待っているのだ。
お風呂なんかは入れないから、昼間に川遊びを装って体洗ったり、でも服は一着しかないから洗濯できなかったり…
お金なんてないから新しい服なんか買えっこないし、食べものにもだいぶ苦労している。
スーパーの試食くらいしかまともに食事できるとこなんてない。けどそれも、いつも行ってたら怪しまれるから、いろんなとこに行ったり。それでもそれだけじゃ足りないから、昨日なんて公園の隅の草を食べた。当然まずかった。
朝日は気持ちいいけど、体はベタついてるし、おなかはすいてるし…よく眠れてはいないしで、なんだかいやなことばかり。
でも、後には戻れない。一度逃げたのに結局帰ってきたりでもしたら、あの中学生たちにどんなふうにされるか。
「おなかすいた…」
空を見ていた凪ちゃんがふとそう言った。
「あーっ、だめだよ凪ちゃん。それは言っちゃいけないって決めたでしょ」
「あ…ごめん」
彼女は私のほうを向いてそう、つぶやくような声で言った。
「へへ、いいよ、凪ちゃん」
素直に謝る彼女がなんだか可愛く見えてきて、そっと抱きついてみる。
「わ、なに、咲」
「いやあ、これからはずっと3人なんだなって」
現状の生活は幸せ。でも先は見えない。さて、今日はどうして生き長らえようか。まだ3日目なのに…
「はあっ、はあ、おい大変だ!」
「あ秋ちゃん帰ってきた。どしたの?」
ドームの中で凪ちゃんと今日いかにして一日を過ごそうか作戦を練っていたところ、散歩に行ってたという秋ちゃんが帰ってきた。だいぶ息を切らしている。どうしたんだろ。
外から聞こえたわけだから何が大変なのかわからないでいると、さっと、まるで身を潜めるかのように、秋ちゃんはドームの中に入ってきた。
いや実際潜めてはいるんだけど。
「で、どうしたの秋」
やっと息をするような呼吸のまま秋ちゃんが地面に座り込むと、凪ちゃんがそう尋ねた。…そうとう急いで来たんだろう。
「道のはたに、こんなの落ちてた…」
そう言って秋ちゃんはスカートのポケットに手を入れ、中身を掴んで荒々しく地面に出してみせた。
彼女の手が開くと同時に、私は、どきっと胸が高鳴るような音がした。
「え…これって…い、いちまんえん」
「そう、お金…しかも一万」
「秋、これどこで拾ったの?」
私が息を呑んでいる間に秋ちゃんはそつがないような口調で説明する。
「散歩してる途中で、河川敷でな。それで急いで戻ってきたんだ」
「あ…そうなの」
床に広げられた一万円を眺める。こんな大金見たことない。
「あっ、秋ちゃん!すごいよ、ありがとう!」
私は驚きと嬉しさのあまり秋ちゃんに抱きつく。
「わ、なんだよ、もう、咲。そんな大したことじゃないのに」
秋ちゃんは少し恥ずかしそうにしながら私の頭を優しくなでた。
「大したことだよ!だってたとえば一日みんなで300円だとしても、一万わる300、だから、えっと…30。30日、1か月は生活できるってことだよ!」
「う、うんそうだな。でもせっかく大金手に入れたんだから、食べものだけに使うのももったいなくないか?これだけあれば何でもできるぞ?」
秋ちゃんが私の方を見て得意げな顔をする。
「た…たしかに」
まず、おなかがすいた。おなかいっぱいおいしいごはんを食べたい。身体を洗いたい。あったかいお風呂にも入りたい。新しい服も買いたい。3人で遊べるもの買いたい。読みたい本だってある。
こらえていたやりたいことが、とたんにあふれてくる。普通の、同い年くらいの女の子がやってること、人並みのこと一通り、全部やってみたい。
「じゃあとりあえずここにずっといるのも退屈だし、どこかに向かいながら使い道考えるか!」
秋ちゃんが明るくそう提案する。なんだか声がいつもより弾んでいる。私までなんだか楽しい気持ちになってくる。
「そうしよそうしよ!」
この一万円だけで未来がすごく明るくなったように思えた。
「よっしゃ、行くか!」
秋ちゃんが元気よく立ち上がる。
「ほら、凪も早く行くぞ」
秋ちゃんが凪ちゃんの手を引いて立ち上がらせる。
「あ…うん」
あれ、なんだか乗り気じゃない?どうしたんだろう。
「いやー、まさかこんな幸運が私たちに舞い降りるなんてなー」
「きっとさ、私たちを見かねた神様が、助けてくれたんだよ!昔そういう本読んだ」
「ほんとにそうかもなー」
公園を出て東京の河川敷を歩いている。一応、人通りの少ないところ。
「あそーだ。この一万円でやりたいこと、どんどん挙げてこーぜ!その、使い道をさ」
「いいね!じゃあ私はまずお風呂入りたい」
「えー、先ごはんだろ!」
「そうかなあ。体きれいにして、新しい服買って、それからごはん。どう?」
「たしかにそれもありか…」
話がいつも以上に盛り上がる。会話が弾む?
これから楽しいことが待ってると考えるとわくわくしてきて、愉快なのだ。
とった狸の皮算用。
「ねー凪ちゃん?凪ちゃんはなにしたいー?」
なぜか私たちの話に混ざらない凪ちゃんにもきいてみる。
「…えっ、わ、わたし?えっと、えっとね…」
少し後ろを歩く彼女に秋ちゃんが振り返る。
「凪、遠慮しなくていいんだぞ?こんなにあるわけだし、心配することないって」
「う…うん。でも、人のお金勝手に使うのはよくないのかなって…」
「え?」
一瞬、その場の空気が止まったかのように感じた。
「え、何言ってんの凪。私たちの状況わかってる?」
その通り、だ。しかもせっかく、使い道を夢見ながら楽しみに話していたというのに。
「そ、そうだよ凪ちゃん。これないと私たちこれから生きてけそうにないんだよ?今はそんなこと言ってる場合じゃ…」
「まずさ秋。それどこで拾ったの?」
凪ちゃんは私の言葉をさえぎってそう口にした。
「え、だから河川敷でだよ」
「ほんとなの?それ」
「え、どういうこと…?」
凪ちゃんの言ってる意味がわかんなくて思わず声を零してしまう。
「はあっ!?私が盗ったとでも言いたいのか!?そんなことしたら捕まって、またあそこに戻るはめになっちゃうだろ!」
「でもさ、ほんとに拾ったとしても、それって盗ってるのと変わんないと思って…っ」
歩いていた足を止め秋ちゃんは途端振り返り、両手で凪ちゃんの両肩を掴んだ。
「さっきから何言ってんだよ…凪。そんなこと言ってられる状況じゃないだろ。確かに私だってちょっとは罪悪感とかあるし、けど、生きるためだろ」
「…私、さ、昔あの、私たちをいじめてた中学生たちが、私たちよりもっとちっちゃい子から物を盗るところを見たの。秋にはあの連中と同類にはなってほしくないの!」
普段物静かな凪ちゃんが急に大声を出した、から、秋ちゃんだけじゃなくて私まで驚いた。
「貸して。警察に届けてくる」
「はっ、警察!?そんなことしたら、私たちが捕まっちゃうだろ!」
「そもそも!」
凪ちゃんはさっきより大きな声を出した。
「あそこを逃げ出すとき、自分たちの力で生きようって言って出てきたんじゃん!人の物に頼るなんてだめ!」
「っ…」
秋ちゃんが言葉に詰まる。
確かに、そうだ。これからは自分たちの力で頑張るって、言って、しかもそれを言い出したのが、秋ちゃんなんだ。
「大体、いつもそう、今日の朝の散歩だって、一人で出歩いたら危ないって言ってるのに、きかない。私は秋のこと心配して…」
「じゃあ!そのお金は私たちが生きるために使うんだろ…!だったら、いいじゃないかよ。凪が私を心配なら、私も凪が心配だよ!ほら、持ち主が出てくる前に使っちゃえばいいだろ。だから早くそれ、返せ!」
「だめ!だから、私は秋に悪い人になってほしくないの!」
顔を近くまで寄せて、言い合っている。もはや、私が入れるすきがない、ようだ。
「なんでそんなに意地を張るんだよ!いいじゃんか使っちゃおうって!凪、いい加減諦めろよ」
痺れを切らして凪ちゃんの手に手を伸ばし、秋ちゃんは無理やりお金を奪い取ろうとした。
「だめ、やめてっ、」
体を押されるような力で凪ちゃんがバランスを崩した。そしてそのまま、2人で後ろへ…倒れてしまう。
「あっ、だ、大丈夫…!?」
私が近くまで寄る。凪ちゃんは地面に腕を着いていたが、2人分の体重が掛かって、痛めてしまっているように見える。
「いたっ…」
「もしかして凪ちゃん腕怪我した?平気…?」
私が心配してしゃがみ込むと、もう先に立ち上がっていた秋ちゃんが凪ちゃんに向かって、嫌味なふうに呟いた。
「…ほらみろ、意地を張るからだよ」
秋ちゃんの手にはさっきまで凪ちゃんが持っていた一万円札が見えた。倒れざまに取ったんだろう。
「な、あ、秋ふざけないでよ!あんたのせいで怪我してっ…」
「凪ちゃん!あ、秋ちゃんもストップ!」
なにか危険を感じて制止しようとする。
「自分から率先して私たちの生活を壊そうとしたのが悪いんだろ。そんなやつはもう必要ないね」
心臓がどくんと跳ねた気がした。凪ちゃんが必要ない…?いま秋ちゃんそう言った…?
「い、今なんて…あ、秋だってお金に目が眩んでるだけでしょ!私だって、私だって秋なんていらない!」
「なん…だって?もう一回言ってみろ!」
途端、秋ちゃんが怪我した凪ちゃんに殴りかかろうとした。
「あっ、だ、だめだって秋ちゃん!」
私は凪ちゃんの傍から立ち上がって秋ちゃんを止める。向かってきたところを抱きしめるようにして受け止めて、離さないでいる。
「はなせ咲!一発殴ってやらないと気が済まない!」
「やめて、やめてよ秋ちゃん。なんで、さっきまで、あんなに仲良かったのに」
お互いをけなすように、そんな言葉、だったりを言い合っている2人を見ているうちに、だんだん涙が溢れてきてしまった。
どうして私は凪ちゃんに殴りかかろうとする秋ちゃんを制止しているの?
なんで、なんでこんなことに?けんかなんてしてほしくないのに。3人でいられるだけで幸せだったのに。
原因は…そうだ、そうだよ、あのお金。どこから手に入れたのかもよくわからない、あのお金のせいで、2人はこんなに言い争っている。お金に踊らされている…
なら、その原因を取り除いてしまえば…
そう思ったやいなや、私は秋ちゃんの手に握られていた一万円札を無理やりに奪い取った。
「あっ、なにすんだ咲!」
秋ちゃんからも凪ちゃんからも、私の顔は見えていない。抱きついて、秋ちゃんを止めているんだから、私が泣いていること、知らないんだろ。
私は奪い取った一万円札を秋ちゃんの背中で、誰にも見えない、私にも見えないところで、びりびりに破いてしまった。
秋ちゃんは、音で、おそらく気づいた。見えてはいないけれど。
そしてそのまま、それを、地面に、やりきれない思いと一緒に、投げ捨ててしまう。
私は秋ちゃんごと後ろへ、地面へ、自分から彼女を引き込むように、倒れ込んだ。
背中に地面に打ちつけた痛さと、秋ちゃんの重さが身体にいっぺんにかかって、ちょっとうっとなる。
倒れたことで凪ちゃんも多分、私が一万円札をだめにしてしまったことに気づいた。
「…秋ちゃん、乱暴になっちゃっ…だめだよ」
秋ちゃんは我に返ったようにはっとして、倒れた私に初めて気づいたかのように、起き上がった。
「咲大丈夫か…、て、え、な、泣いてるのか…?」
秋ちゃんがそう言ったからか、凪ちゃんも気づいて、立ち上がって私の方へよろよろと寄ってきた。まだ痛いはずなのに。
「…泣いてるよ、だってほんとに、ほんとに怖かったんだからあっ…」
「怖かったって、私がか…?ごめん…!」
「違う…2人がケンカしてるところなんて初めてだった、から。このままバラバラになってしまいそうで、怖かった……」
仰向けだった私は河川敷の土の上で大の字になる。腕で涙も拭い去る。太陽が眩しい。
2人はお互いが私を怖がらせたことに気づいて、そして自分の過ちに気づいて、2人見合わずばつが悪そうにしていた、が、
「…凪、ごめん。言う通りだった。金に目が眩んでた」
秋ちゃんから謝った。
そうすると当然、
「私もごめんなさい…秋のこと好きなのに、嫌いなん
かじゃないのに…それなのにあんなこと言って」
凪ちゃんも、秋ちゃんに続いて謝った。
すかさず私も、だ。
「…私もごめん。私だってお金に夢中になってたし」
私だって同じくらい悪いから、2人に謝る。
「突然幸運が舞い降りて、目の前の、今の幸せを忘れてた、ってこと…なんだな」
そう言って秋ちゃんは私の横に寝転がる。離れてしまいそうだった手を、秋ちゃんの、強気なくせに小さくて可愛い手を握ると、彼女もぎゅっと握り返してくれた。ちょっと強め。
「…私も、どうしても自分が正しいと思っちゃってた。幸せ、見失ってた」
そう言うと凪ちゃんも、私の逆側の横に寝転がった。彼女の手ももう片方で握ってみると、秋ちゃんのよりどこか、柔らかく握り返してくれた。
「…帰ろっか」
幸せと2人のあたたかさにに包まれながら、私がぼーっとしながら、そう呟くと、2人は一緒に、うん、と言ってくれた。
先は見えないし、この先困難だろうけど、結局、みんなで、この3人でいるのが幸せ。いや、いれれば幸せ、か。
一万円を手に入れたさっきよりも少し多く、未来が明るくなった気がする。
雲に隠れてしまって、直視できるようになった太陽を寝そべりながら、見つめてみた。
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