第19話 狩人を狩るモノ
狩人は誰もが実力者だ。森での行動に優れ、魔物と相対しても討伐して戻って来る。彼らは強い。しかし、屈強な彼らですらある日突然森から帰ってこなくなる。
いつも通り森へ向かい。そして、いなくなるのだ。狩人という職業を続ける以上、最後は森で死ぬ。それは早いか、遅いかの違いだけ。その狩人がどんなに優れていようと、太刀打ちできない魔物と遭遇したらそれまでだ。
ハントギルドに寄せられている情報はあくまで生還した狩人による情報であり。生還できなかった時、情報は何一つもたらされる事はない。狩人たちが命を落とした原因は最大の謎であった。
§§§
もう僕は帰るはずだった。もう、ゆっくりと帰るだけだったのだ。
......なのに僕は全速力で森の中を走っている。いや、正確に言うと、逃げているのだ。
――――町への帰り道、森の奥から嫌な気配を感じた。強い魔物の気配というよりも、身の毛もよだつ気配というのだろうか。
マルの気配探知に引っかかるギリギリ。影も姿も見えない遠く離れたそいつに、なぜか僕は嫌悪感を抱いた。突如口の中が苦くなり、早く離れたいと思った。そうして背を向けた時。気づかれてしまった。
体にねっとりとした視線がまとわりついたような不快な感覚と共に≪ミツケタ≫と耳元で囁くような幻聴が聞こえた気がした。
気味が悪く、僕はなりふり構わず全速力でその場から駆け出した。すると――。
≪リョウリョウリョウリョウリョウリョリョリョーウ≫
まるで、突然駆け出した僕を嗤うような、奇怪な鳴き声が森の中を反響する。体に付着する不快感が更に増した。まるでナメクジが全身を這っているようだ。こんな奴と相対するなんてごめんだ。早くそいつから離れたい。相手と相対すらしていないと言うのに僕の逃走劇が開始された。
一刻も早く森から抜けだす為に、僕は走った。そいつの姿は確認できていない。そいつも完全に僕を補足しているわけではないはずだ。それなのに、遠くで聞こえていた木々の騒めきや、木がへし折れる音が段々と近づいてきている。
どうしてだ?マルと同じ精度の気配探知能力があるとしか考えられない。これはマルだけの魔法じゃなかったのか?!
僕が木々を掻き分け進んでいるのに対して、向こうはまるで一直線に僕に向かって走っているようだ。徐々に距離が詰まってきている。
このまま森を抜けてしまったら、町まで誘導してしまう事になる。一度隠れてやり過ごすか。なにかそいつの関心を移せるものはないか考える。
ぱっと思いついたのは、昨日全滅させたゴブゥーの集落だった。そこにはゴブゥーの遺体がそのまま放置されている。そいつの目的が食事の為の狩りであるなら、もしかしたら気が引けるかもしれない。
僕は森の脱出をいったん諦め、目標地点をゴブゥーの集落へ移した。追跡者も違わず追いかけてくる。......正確すぎて嫌になる。
≪リョウリョウリョウリョウリョウ≫
嗤い声がもうすぐそこにいるかのように聞こえ、苦虫を嚙み潰したように僕は顔をしかめた。
ゴブゥーの集落に到着するとすぐに身を隠す。息もきれぎれだが、気配を隠すために、静かに呼吸を整える。
遅れて数瞬、そいつも集落にたどり着いた。姿を確認するとそいつは、全身が毛むくじゃらだが長い手足だけが露出している。立ち姿だけを切り取るとそいつはカエルを連想させる出で立ちだった。
しかし、容姿はカエルとは似ても似つかない。全身の毛はボサボサで絡まりダマになって薄汚れており、ところどころ緑色の苔が生えている。体は大きく、手足を地面につけている状態で3メートルは超えているように見える。手足が異様に長く折りたたまれているのが奇怪で気持ち悪さを感じる。
もし立ち上がりでもしたらどれほどの高さになるのか。
そいつは見たこともない魔物だった。顔は見えないが、こんな特徴のある魔物だ。ハントギルドの受付が伝え忘れたという事はないだろう。おそらく記録にない魔物なのだ。
そいつは、散らばっているゴブゥーの遺体を、興味深く観察している。僕は大木の陰に隠れて成り行きを静かに見守る。
そいつがゴブゥーの遺体の傍に身をおろすと、≪くちゃくちゃ≫と咀嚼する音が聞こえてきた。少し咀嚼しては違うゴブゥーのもとへ移りまた≪くちゃくちゃくちゃ≫と咀嚼する音が聞こえてくる。
そいつの気を引くつもりでここへ誘導したわけで、試みは成功したといってもいい。しかし、その様子を観察していると気持ち悪さがこみ上げてくる。僕はそいつから視線を外さないように注意しながら少しずつ離れていく。
(もう僕の事を追って来るなよ化け物)
心の中で毒づいた時だった。そいつの顔だけが180度回転して、僕を見つめてきた。
≪リョウリョウ≫
囁くよう鳴き、初めて正面から捉えた顔は、まるで200年生きた人間とでも形容するようなしわくちゃな顔だった。
ヤツはそのしわくちゃな顔を更に歪ませてニッコリと微笑んできたのだ。
ゾッと悪寒が走って全身が引き攣る。
≪リョウリョウ≫と鳴くそいつは、もう一度ゴブゥーに向き直り、≪クチャクチャ≫と咀嚼音をたてる。何なんだこいつは!!!!????
彼我(ひが)の力量差は読み取ることができない。もしかしたら、死ぬ気で挑めば討伐できるかもしれない。
でも、死ぬのはごめんだ。死ぬ気なんてさらさらない。僕は思考を切り替え、町に向かって一直線に駆け出した。マルも必死についてくる。
木々を掻き分け、障害物も一躍で飛び越える。今出せる全力のスピードで今のうちにできるだけ距離を稼ぐ、戦うにしても森の中では不利だ。それに、平原に出れば希望もある。
ヤツは今までに遭遇したどの魔物よりも大きかった。そしておそらく一番強い。ゴブゥーの集落でヤツが背中を見せていたのにも関わらず、チャンスだとは到底思えなかった。もし、あの時、背中に剣を突き刺したとして、あの毛皮を突き破って体表に傷がつけられただろうか?ここにきてまた攻撃力に不安を覚える事になるなんて思いもしなった。
後方からバキバキバキと枝が折れる音が連続して聞こえてくる。お腹なら満たされただろうに僕の追跡はやめる気はなかったらしい。
いつでも、僕を補足できる自信から呑気に食事をしていたと思うと腹が立ってくる。
僕はちらりと背中を確認する。しかし、ヤツの姿は見えない。
怪訝(けげん)に思っていると頭上からパラパラと木片が落ちてくる。くそ!上かよ!木々を伝って移動していたのか!
ヤツが上空から飛び降りてくる。
先ほどまで僕の居た場所にドンと轟音と共に巨体が現れ、地面を陥没させる。ヤツは僕が避けたのを確認すると、長い手で地面をバンバン、バンバンと叩き。≪リョリョリョリョリョリョリョウ≫と奇声をあげる。
既に森の出口は近い、もしかしたら町までこの奇声が届いたかもしれない。異変に気付いて迎撃態勢に移ってくれてるとありがたいのだが......。
なんにしても門兵に合図を送って、それから連れてきてしまった僕が時間を稼がなければいけないだろう。万が一防壁を越えて町中に侵入させるわけにはいかない。僕の戦いは門兵の攻撃準備ができるまでの時間稼ぎだ。
――門兵さん期待してもいいんだよな......?
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