第20話 狩人を狩るモノ 2



 「マル!」


 僕の合図でマルが粘着弾を放ち、命中させる。しかし、体格差もあり、拘束することができない。毛にまとわりついて若干迷惑がっている程度だ。

 僕の剣による追撃はやめ、マルを背負い触手で固定して走る。手足に狙いを絞り、マルには粘着弾を連射を続けてもらう。

 嫌がらせ程度の牽制だが、足運びを制限出来るので効果はあるようだ。

 なんとか森の出口にたどり着くことができた。


 森を突き抜けた僕と間髪いれずに、けたたましい音を立て森のカーテンを突き破ってヤツも飛び出してきた。木々が爆散したように飛び散る。

 ヤツは急に変わった景色にあっけにとられたようで、キョロキョロと視点を動かしている。


 その隙に僕は赤煙筒を着火させ煙で門兵に合図を送る。赤い煙が天に向かって高く伸びた時、町の方から空気を震わせる太鼓を叩く音と、遅れて町中に響き渡るだろう鐘の音が鳴り響いた。

 きっと町中から兵をかき集めているのだろう。


 だけど、まだ安心なんてできない。森を抜け出ただけで、町まで距離がある。門兵はなんとかして門まで走ってこいと言っていた。もう一走りだ。



 僕とマルは二手に分かれて町へと駆けだす。ヤツは一瞬どちらを追いかけようかと迷いを見せるが、結局僕を狙う事に決めたようだ。

 カエルが飛び跳ねるように迫って来る。

 僕にとって平原は森と違って走りやすい。ヤツが僕を捕らえようと大きく跳躍した時を見計らって、僕は魔力の循環を瞬間的に高め、超加速で回避する。僕が瞬間的に使える緊急回避だ。


 避けられてしまったことが癪に触ったのか、ヤツはバンバンバンと地面を叩き、歯をむき出しにして叫ぶ。


≪リャーーーーーオオオオオオウ≫


 ヤツの叫びと同時に強風が吹き荒れたと思ったら、空気の塊が僕の体を攫って吹き飛ばした。風系の魔法か?!


「うぉお?!!」


 僕は空中でもがくが、掴めるものはなにもなく、地面に落とされる。受け身を取るとるために体に回転を加える。そのおかげでダメージは最小に抑えることができたが、地面を何度も転がる事になってしまい目が回る。


 マルは、僕が風の魔法で吹き飛ばされるのを確認した時点で僕の元へ駆け寄っていた。しかし、ヤツも追撃を開始していて切迫している。僕目掛けて先に跳躍したのはヤツの方だ。


 僕が何とか立ち上がった時には、ヤツは僕を捕らえる直前だった。僕が咄嗟に身をかがめヤツの体重を下から受け止めようと身構えたのと同時ぐらいだろうか、僕の視界を覆っていた毛むくじゃらの姿が消えた。


 マルが横合いからヤツの顔面に突進を成功させ、ギリギリのところでヤツの攻撃を逸らしてくれた。

 空中姿勢で脳に衝撃を喰らったヤツは勢いそのままに地面に打ち付けられドスンと地が響く音をたてた。僕は一度体制を整えるべくその場から離れる。


 ヤツは、脳震盪を起こしたのか、立ち上がろうとするがうまくいかないようだ。くぐもった呻きを発しながら、手足をバタつかせ暴れる。これを好機とみてマルが何度も触手を鞭のようにしならせ打ち付ける。毛皮に覆われた部分のダメージは読み取る事ができない。狙うなら毛皮のない顔か手足だろう。


 僕も剣を抜き隙を見て足を切りつけ、そしてまた距離をとるそれを3回繰り返す。足を切り飛ばす事はできなかったが大きく抉る事はできた。もう使い物にならないだろう。


 更に攻撃を加えようとした時、ヤツのスタンが解除され、反撃を受けてしまった。


 ヤツは横たわった体勢からその長い腕を振り切り、僕とマルを同時に薙ぎ払った。たった一発。やみくもに振るわれたその一薙ぎであっても人間の僕が喰らうには十分な威力だった。


 僕の左腕が衝撃を受けバキと音を立てたかと思うと、更にボキボキボキと追従するように体の中を響き渡る衝撃と音。大げさに吹き飛ばされた僕は、地面に横たわって血を吐く。口の中が鉄臭く苦い。体を動かそうとすると激痛が走り、自ら動かす事を拒絶しているようだ。

 意識が朦朧として目を開けているのすら辛い。ゆっくりと瞼を閉じる。目をつぶっているのにマルが焦っているのがわかる。ごめん動けないんだ。僕の右手に触れてくれるか、魔力を渡すから。受け取ったらマルだけでも逃げてくれ。


 マルは僕の体を触手で掴み町の方へ、町の方へと引きずる。


 ≪リャーーーーーオオオオオオウ!リョウ!リョウ!リョウ!≫


 ヤツは僕にトドメを刺そうと足を引きずって向かってくる。足が全く使い物ならないとわかったのか、腕を伸ばし、体を引き寄せ、腕を伸ばす。よだれをまき散らし、憎悪に歪んだ表情で叫びながら、ほふく前進で近づいてくる。


 マルは僕を引きずるのをやめ、彼我との間の壁となった。


 マルは触手を使った攻撃を仕掛けるが、ヤツの歩みは止まらない。とうとうヤツの攻撃範囲に入ってしまった。


≪リオウリオウリオウ!≫


 ヤツの振り下ろす手をマルは体を使って受け止める。避けてしまえば僕に当たってしまうので、自ら攻撃を受けてめ、弾いているのだ。2度、3度、4度と攻撃を受けてマルは動かなくなった。


 マルはどこかやり切ったように満足気だ。僕の顔の近くで動かなくなってしまったマルに労いと感謝の気持ちを込めて、ポーチからポーションをとり、マルにふりかけた。


≪リャーーーーーオオオオオオウ!≫


 これが僕が聞いた最後の叫びだ。


 僕のその手には空になったポーション。近くにはマル。草原に吹く風はやさしく。空は澄み渡っていた。あぁ、こいつさえいなければ悪くないシチュエーションだったのに残念だ。


 僕はヤツの絶叫と振動を身に受け視界が暗転した。

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