第14話 森の中へ 2



「マル、助かったよ」


 マルがピタッとくっついて来たので、壊れ物を扱うようになでた。そうしないと、命は儚く散ってしまうのではないかと思ったからだ。なでていると、段々と気持ちも落ち着いてくる。


 マルは返り血のついた衣服に触手を伸ばし、何事もなかったかのようにキレイにした。虚をつかれた僕は苦笑する。


「丁度、血が気になっていたんだ。証拠隠滅は完璧、助かるよ」

 

 視線を移して、ふたつの遺体を確認する。正真正銘の命のやり取りだった。ゴブゥーの攻撃に手加減はなく、その鋭い眼差しは僕を捕らえ、僕の命を刈り取ろうと躊躇なく飛びかかってきた。あそこにある遺体が僕であってもおかしくなかった。恐ろしい体験だったが、今は命を拾えたことを素直に喜ぼう。


「マル、今日はもう町に戻ろう」


 マルは了承とばかりにプルンと揺れた。僕が立ち上がり、剣についた血を払い、鞘に納め歩き出そうとすると、マルがゴブゥーの傍らに立ち『これはどうするじぇ?』といった感じで訴えてくる。


 僕としても、戦利品として持ち帰りたいが、それは無理な話だろう。なにせ、ゴブゥー1体が僕の背丈とさほど変わらないのだ。引きずるにしても大きすぎる。もし、マルが力の強い大きな眷属であったなら、背負わせて持ち帰っていたのだけど、それをマルに言ってもお門違いだろう。


「持って帰りたいが、大きすぎて無理だろう。もったいないがここに置いて行こう」


 そう言い聞かせてもマルは落ち着かない、上手く表現できないが、なにかしたいことがあるのだろう。


「マルの好きにしていいぞ」


 マルは『やった!』というように飛び跳ねて、ゴブゥーに触手を伸ばした。その様子を静かに見守る。もしかしたら、スライムの成長に関する何かかもしれないのだ。


 マルが触れたところから、徐々にゴブゥーの体が萎れていく。その過程に驚愕する。ゴブゥーから水分が瞬く間に失われ、干物のようになってしまった。続いてもう一体も同様に処理する。


「驚いたよ、こんな事もできるのか」


 マルは、『すごい?すごい?これで持って帰れるじぇ?』というように自慢げだ。


「あぁ、すごいよ。正直びっくりだ」


 ゴブゥーから水分を吸い取ったというのにマルの体に変化はない。成長とは無関係だったのか?期待してしまった分残念だ。まだまだ試行錯誤は必要か。


 干物になったゴブゥーを持ち上げてみると驚くほど軽い。干物ゴブゥーにどれだけの価値があるかはわからないが多少の金にはなるかもしれない。ちゃんと持ち帰ろう。


 来た道を引き返すというのは、知らない道を突き進むより気持ちが楽だった。警戒はするが、行きの時のような切羽詰まった緊張感は薄らいでいる。


 なにより、マルの存在が僕の精神の安定に一役買っている。マルは意外にも索敵に優れているようで、僕が視認できない位置の魔物も感知することができているのがわかった。それによって僕の“見えない魔物に怯える”負担が軽減されたのだ。


 それに加え、マルとのつながりを意識的に強化することで、リラックスする事ができるし、マルが感応した異変にいち早く気付け、なんと!その感覚を探ると僕にもうっすらと対象を感じることができるのだ。そのおかげで、帰路は探索する余裕ができ、ハントギルドで教えてもらった金になる薬草や果実を採集することができた。不思議そうに覗き込んでくるので、採集したものをマルに見せると『あるじぃはそれがほしいじぇ?』と確認して一緒に探してくれるようになった。良い子過ぎて辛い。ダメな親だと子が良く育つのかな?


 マル、僕はね。マルを働かせてクリーニング事業で金儲けしようと企んだことがあるんだよ。




 戦闘は避け、すべての魔物を余裕を持ってやり過ごし、ゆっくり確実に帰路を進む。


 森の中を歩くというのは、僕とって良い経験になったらしい。今まで引っかかっていた事に、はっとする気付きがあったのだ。


 マルを召喚してから、僕の感覚が鋭敏になってきている。顕著なのが魔力感知能力だ。これは早い段階から認識していた。

 本来人間が知覚することができない魔力を僕は感じることができるようになってきてるし、流れをコントロールする事もできる。魔法の発現こそないが、魔力コントロールによって、水に僕の魔力を沁み込ませることができるようになった。もしかしたら、この感覚強化がマルの魔法なのかもしれないと思ったのだ。


 僕はマルが魔法を使えないのを訝(いぶか)しく思っていた。フーランが氷の魔法を使えるように、マルも魔法が使えるのが本来あるべき姿なのだ。

 まだ上手く言い表せないが、体を粘着質に変えたり、ゴムのように体を作り変えたり、意思や感情の伝達ができたり、見えないものが見えたり感じたり、それらがマルの魔法なんじゃないかと思うと、妙に納得する部分がある。

 僕の魔力感知能力の向上もマルの恩恵を受けた結果ではなかろうか?


 もしそうであるなら、これは誰も知らない魔法なのだ。僕とマルのふたりだけの魔法だ。マルの事を知れば知るほど、可能性が広がっていくことに僕の心は躍った。


 それは森の壁を抜けて見える、広い草原のように晴れ渡った気持ちだ。僕たちは無事に森を抜け出した。

 

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