第9話 フーランとの闘い


 養成学校で一番大きな広場、自由訓練場がある。東西南北、学年ごとに入り口が異なり訓練に集中できるように学年別に区分けがされている。しかし、北口だけは制限なく交流できる合同訓練場となっている。


 今回はステラとの模擬戦なので、1学年に当てられた区間を使用する。また、他の生徒の邪魔にならないように人気のない場所を陣取った。この場所にいるのは、僕とマル。それにステラとフーランだけだ。今はお互いが距離を取って真剣な面立ちで相対している。

 さっきまで和気あいあいと話しながら来たのだが、模擬戦の開始位置に移動したとたん一気に緊張した感じになった。


 風になびく髪をかき上げステラが口を開く。


「もう覚悟はできているかしら?相手がマル君だとしても、手加減するつもりはないわ!甘い考えでそこに立っているなら立ち去りなさい!でも、向かってくるなら!全身全霊を持て捻りつぶしてあげる!」


 え?なに?何が始まったの?模擬戦の前ってこんなやり取りしないといけないの?ステラが顔に角度を付けて挑発してくる。え?僕もなんか言わないとダメ?



「もちろんだ、本気でないと意味がない!手加減などこちらから願い下げだ。勝てると思っているその傲慢を改め、今から負けた時の言い訳でも考えておくんだな!」


「っふ、それでこそスライ君よ。今日はいい勝負になりそうね」


 ステラさんキャラ変わってませんか?うわーっすごい満足そうな顔してキラキラしてる。これってそういうガチノリだった?違うよね。「一回戦ってみる?」みたいな軽いノリだってよね?一晩で熟成しすぎじゃない?


 召喚士(サモナー)のやり取りが終わったとみて、眷属が動き出す。あぁ君たちもするのね。いいよ。好きにして。


 マルとフーランが睨みあいながらゆっくりお互いの距離を詰めていく、お互いが接触する手前まで近づいて立ち止まり睨み合いが始まる。


 無言で睨みあった後、マルが自分の体を引きちぎり、フーランに手渡した。


 ......なにしてるの?


 フーランはプルプルと揺れる物体を当然のように受け取ると、魔法を使って凍らし、再度マルに返した。マルは形式に則った作法だというように凍った体を受け取りもう一度自分の中に取り込む。


 それを確認して両者が同時に背を向けパートナーのところまでゆっくりと戻って来る。


 一部始終を見ていたステラは胸のあたりで腕を組み不敵な笑みを浮かべて一度だけ頷いた。僕も咄嗟にアルカイックスマイルで頷いておいた。


 おそらく僕だけがこのデモンストレーションの意味を理解していない。



 眷属が定位置に戻ってもう一度相対する。それが勝負開始のタイミングだ!


「マル!一気に距離を詰めて攻撃だ!」


「フーちゃん、氷の弾幕を張って近づけさせないで!」

「ギャ!」


 マルが直線的に間合いを詰める、ジャンプを繰り返すごとにぐんぐん加速していく。それに対してフーランは固定砲台のようにどっしりと構え、氷塊を手元に作り、手を使って投げつける。フーラン、やっぱり君は熱血脳筋タイプだったのか。



 投擲された氷弾がマルめがけて飛んでくる。


「マル避けろ!かく乱して的を絞らせるな!」


 マルが氷弾を避ける。着弾した氷弾は地面をえぐり砕け散る。一投一投と投げるので球数は多くないが一発の威力はそれなりに高い。一発喰らって動きを止めてしまったらその後は集中砲火を受けてそのまま何もできずに終わってしまうだろう。絶対に当たってはいけない。


 素早さではマルの方が高く今のところ全部回避している。しかし、近づくほど氷弾の回避が難しくなっているのが見て取れる。このまま近づくのはリスクが高いと判断したのだろう。マルは回避の合間に触手を振り切り体から分裂させて飛ばす。弧を描くように飛ばした触手は空中で拡散する。拡散した触手は粘着弾となり雨のように降り注ぐ。


 速さも命中率も高くない攻撃だが、範囲のある攻撃だ。安全に避ける為にはその場から大きく動かないといけない。フーランは氷弾の攻撃行動を止め、粘着弾の回避に動く。


 それを好機とみて粘着弾の雨のなかマルが突入して一気に間合いを詰める。体に受けた粘着弾は体に取り込むのでマルには効果がない。


「マル!そのまま体当たりだ!」


 粘着弾の回避に取られ、反応の遅れたフーランはマルの体当たりをモロに喰らって吹き飛ばされる。

 

「っギャ!」

「フーちゃん!!」


 フーランは一度地面にバウンドするが体を回転させて、両手を地面についた状態で着地する。しかし、勢いを殺しきれず、流れる体が地面に道を作る。それでも、視線はマルを正面に捉え、すぐに態勢を整えたのは見事だ。だが、マルは追撃を開始しており、既にフーランの目前だ。ここからフーランの回避は間に合わない。


 パン!物体と物体がぶつかる衝撃音と吹き飛ぶ影。マルが何度も地面の上ではね跳び砂煙を舞い上げる。フーランが角ウサギ戦で見せたカウンターの一撃が決まってしまった。フーランは見た目よりも重い。体重に乗った一撃は一撃必殺に値する威力がある。それを、あのタイミングで喰らってしまったのだ。完全に意識の外からの攻撃だった。マルは大丈夫か?!


 フーランが注意深く砂煙を覗く。砂煙の向こうから粘着弾が投げ込まれ一瞬注意が引き付けられる。その隙に粘着弾を迂回する形でマルが飛び出してくる。フーランは落ち着いて牽制に一投だけ氷弾をマルに投げ、粘着弾を回避する。


 マルは氷弾を投げ込まれてしまったせいで思うように距離を縮めることができず、完全にフーランは迎撃態勢となってしまった。


 フーランは手元に氷弾を作り投げつけてくる。もう一度最初の焼き直しかと思われたが、マルは氷弾を回避するたびに粘着弾を放出する。フーランも回避を余儀なくされ、避けて投げるの攻防を繰り返す事となった。


 両者とも攻撃に意識を割きすぎると被弾するといった感じだ。ギリギリの攻防で何度も危ない場面があった。両者とも余裕などありはしない。


 それなのに、どちらも被弾せず、攻撃の手も緩めない。遠距離戦は長引く。


 でもそれでいい。このまま遠距離でやり合えば不利になるのはフーランの方だ。氷弾は地面に当たって砕け散るだけだが、マルの粘着弾は地面に残りフーランの移動を妨げる。最後は捉えることができるだろう。懸念はそれまでマルが保っていられるかどうかだ。


 ほどなくしてフーランは逃げ場所をなくした。攻撃のチャンス............だが。


「マル!そこまでだ!」


 マルとフーランの動きがピタリと止まると同時に僕は走り出した。マルも、フーランもすごかった。よく戦った。でも、もう限界だ。マルの形状が崩れかけている。......マル惜しかったな。僕はマルの元に駆け寄りポーションを振りかけ、それから手を当てて魔力を渡す。


「良い戦いだった。すごかったぞマル」


 『ふーらんはつよいじぇ』っていった感じでゆっくりと揺れる。そうだなフーランは強かった。マルに魔力がぐんぐん吸われていく、今の戦いだけで限界まで消耗した証拠だ。マルの燃費はあまり良くないな。いや、それもあるが、フーランのカウンターが効いたせいか。あの一撃だけでも戦闘不能になる威力があった。【スライムの特性】ダメージを魔力で補完するおかげで肉体的な損傷は免れて行動に支障は出なかったが、ごっそりと魔力を消費してしまったのだろう。


 普通の眷属なら、あのカウンターで骨が折れて行動不能になり、あの時点で勝負が決まっていたかもしれない。眷属は内在魔力で肉体の回復ができないので、逆転もないだろう。


 マルの粘着弾の効果が消え、フーランが近づいてくる。


「ギャ!」

「マル君大丈夫?途中で試合止めちゃったけど何かあった?」


「あぁ、マルの魔力切れで、試合の続行は難しそうだから止めたんだ」


「そっか」


「模擬戦はフーランの勝ちだな」


「違うよ、引き分け。ね?フーちゃん」

「ギャ!」


。 

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