第8話 秘密の特訓 2


 僕は木剣を持って平原へ出ていた。僕たちが住むローゼンワイナー国は中央に本国をおいて、本国を守るように東西南北に4つの町が形成されている。町は魔物の侵入を防ぐ防壁の役割を持っている。


 本国と町との間の空間地は農耕・放牧地として活用されており、この土地のみで全国民の食糧を生産している。畜産されているのは、角ウサギ・カッケ鳥・ロックタートルという魔物だ。角ウサギは角を折られ無力化された状態で飼育されている。カッケ鳥は足が早いだけの飛べない鳥で、ロックタートルは、少食にも関わらず体が大きくなる見た目岩の亀だ。


 その他の食材は、防壁町の外、魔物の生息地から入手しないといけない。もちろん危険地帯なので自己責任だ。誰も命の保証などしてくれない。力なきものは町から出てはいけないのだ。



 外界からの収穫物はハントギルドに持ち込めばなんでも買い取ってくれる。常に品薄状態なので需要が満たされる事はない。ちなみに誰でも物さえあれば買い取ってくれる。取引に必要な資格などはない、買いたい品があればお金を払って購入できるし、売りたい品があれば5歳児だって取引できる。まぁ何度も外から収穫物を持ち込める人物はもれなく実力者という事だ。


 僕が平原に出てきたといっても、あくまで防壁町の内側だ。学校内の訓練場を使わないのはあまり、訓練の様子を見られたくないからである。


「マル、今日の戦闘訓練でおまえが戦えることがわかった」


 マルが嬉しそうに揺れる。


「でも、僕はまだマルについて知らない事が多い。角ウサギの動きを鈍らしたあれはなんだ?」


 マルは少し考えてから、平たい石をふたつ見つけて持ってきた。片方の石にマルの触手から液体を付けて、もうひとつの石をくっつけて、離す。特に変化はみられない。僕はじっとその様子を観察する。


 マルはもう一度石をくっつけてしばらく時間をおいてから石を離す。すると、石と石の間に強力な粘着糸が発生してなかなか引きはがせない。マル、おまえは僕の接着剤だったのか。



「その石を渡してくれ」


 マルから石を受け取って石を引きはがしてみる。完全に固定されたのかビクともしない。


「すごいな」


 そう感想を漏らすと、マルは自慢げにプルンと揺れた。そのまま石を投げて掴んでを繰り返しながらマルの能力について考えていると、石の接着が外れてしまった。


「あれ?とれた?」


 接着面を見ても何の痕跡もない。


 

「もしかして、マルの液体が完全に消失したら効果がなくなるのか?」


 マルは頷くように揺れる。


 普段マルに触れても液体が手につくことはない。その反面、戦闘中においてマルは故意で液体を付着していたように思える。おそらく自分自身の体をコントロールできるのだ。付け加えるならマルの体は魔力の塊という事だろう。つまり、魔力操作によって体を変化させていると僕は考えている。しかし、ちゃんと確認はしといた方がいいだろう。プルプルの体を持ち上げて訊く。



「最後の体当たりの時、すごい威力が出ていたけどどうやったんだ?」


 マルは体にぐっと力を入れる。すると、身体がどんどん硬くなっていく。ゴムの塊のような柔ら硬いといった感じだ。触手も硬くできるみたいでまるで鞭のように強靭だ。長さがないのでそこまで威力は出ないが十分攻撃になる。予想はしていたが、こんな事もできたのか。面白いな。



「フーランみたいに何か魔法は使えるか?」


 『むりー』っていった感じで体を左右に揺らす。


「ほかに何か得意な事はあるか?」


 マルは触手を伸ばしてちょんちょんと衣服についた汚れを指さすと、汚れを取り綺麗にした。『もうよごしてばっかりなんだから』とでも言いたげだ。マル、おまえは僕のお母さんだったのか。


「いーの!」


 とりあえず僕は虚勢を張って、何が良いのかわからない言い訳をした。



「マル、それじゃ僕と模擬戦の稽古をしよう」


 マルは、きょとんとした感じで見上げてくる。


「心配いらないよ。僕は角ウサギなんかより何倍も強いから、さぁかかっておいで」


 半信半疑といった感じでマルが遠慮がちに体当たりしてくる。僕はそれを避けて、手加減して一撃を加える。マルは地面にバウンドして着地する。マルからわくわくした感情が伝わって来る。わかるよ、どこまで遠慮しないでいいのかわからないんだろ?少しずつ本気をだして確かめてみな?マルはプルンと揺れた。


 先ほどより早い速度で体当たりしてくる。僕はもう一度避けて、さっきよりも重い一撃を加える。マルはそれを予想していたのか、地面に叩きつけられても怯まない。流れる体を触手で制御して、再度飛びかかってくる。おそらく本気に近い速度だろう。でも単調な攻撃ほど捌きやすいものはない。僕は正面で捉えて叩き落した。


 地面にぶつかりマルの動きが止まったので、話しかける。


「マル、大丈夫か?」


 『だいじょうぶだじぇ』って感じで頷く。僕の方も加減しながら攻撃を加えているがどの程度ダメージを受けたのか判断が難しい。


「体にダメージはあるのか?」


 マルは『いたくない』といった感じで体を揺らす。体積にも変化はないので肉体的なダメージはないのだろう。でも、僕の予想ではそのダメージは魔力によって補完されている。マルに手を当て、魔力を渡す。体から魔力がぐんぐん吸われていくのを感じる。普段生活するだけではこのような事にはならない。つまり、予想は正しく戦闘でそれだけ消費したという事なのだろう。


「ずいぶん魔力が減ってたみたいだけど、戦闘は厳しいか?」


 もし、マルが戦闘が苦手だというなら、それも仕方がない事だ。世の中には戦う事しかできない人もいれば、戦わない事を選んだ人もいる。そのどちらかだけでは僕らの生活は成り立たない。向き不向きはあるものだ。


 マルの答えは『たのしいじぇ』っという感情だった。その中には“もっと強くなりたい”という気持ちも含まれているように思える。これは僕の感情がマルに移ってしまったせいなのか、マル本来の気質なのかわからない。でも、目指す目標が同じという事はなんだか嬉しいものだ。


 僕とマルは感情や意思を伝達できるが、それを許容するか拒否するかの選択権は等しく持っている。この先マルの思いも変化して『もうたたかいたくない』となるかもしれないが、今、この時点で強くなりたいと望んでいる。つまりそういうことなのだ。


 僕自身、ずっと強くなりたいと思い続けてきた。それは子供の持つヒーロー願望だったのかもしれない。でも僕にとってはそれは大切な願望だった。強い魔物を狩って誰もが認める最強の召喚騎士(サモナーナイト)になる。そんな単純な思いだ。それはドラゴンを召喚しなければ達成できないものと思い込んでいた。


 でも、そうじゃないんだ。強くなりたいという想いがあり、そのための行動をとったなら僕たちは強くなれるのじゃないかと思うようになった。今は弱くても、いずれドラゴンをも圧倒するスライムになればいい。


 

「魔力は補充できた。まだ続けるか?」


 『やるじぇ!』って感じで嬉しそうに飛び跳ねる。どんなに叩かれても平気らしい。僕も遠慮はせずに久しぶりに体を動かす事ができて、口元が自然とにやける。僕も楽しくなってきた。


「さっきみたいな単調な攻撃だけではダメだ。出来ることは全部組み合わせてかかってこい」


 マルがプルンと揺れて訓練が始まった。一直線に飛びかかるのではなく、ジグザクに動いてかく乱するフェイントを交えたり、触手を使った攻撃、液体を使った攻撃も仕掛けてくるが、それでも僕の一方的な戦いとなる。何度薙ぎ払われても、何度攻撃が失敗しても、純粋に楽しいといった感じでマルは何度も突撃してくる。その度に『あるじぃすごいじぇ』といった感情を飛ばしてくるのだ。その感情が単純に嬉しく思うよ。


 僕はこれでも5年間ずっと鍛錬をしてきたんだ。眷属がピンチの時に助けられるようにね。思い描いていた空想とは違うけど、これはこれでありなんじゃないかなって思うんだ。一緒に強くなろう、マル。

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