第5話 スライムは戦闘が苦手?

 一般待遇の生徒に割り当てられる部屋はそう大きくない。それなのに僕の部屋には水がタップリと注がれた大きな容器が置いてある。ただ、中に入っているのは水だけではない。スライムがプカプカと浮いてる。これが僕が持っている唯一のインテリアだ。



 スライムにはひとつ特殊な特性がある事がわかった。それは感情の繋がりだ。僕とスライムは心で繋がっているかのように感情となんとなく意思の伝達ができる。当初僕は、この感情の伝達は召喚士(サモナー)と眷属の関係なら誰にでもある繋がりだと思っていたがどうやら違うらしい。


 スライムがリラックスしているとその精神状態が僕にも伝わって来るのでこっちまで引っ張られてぽわぽわした感じになる。セラピー効果と言えば聞こえはいいが、となりで昼寝されるとこっちまで眠くなるそれの強化版みたいな感じだ。困りのタネでもある。任意で遮断することもできるのでそこらへんはうまく活用している。


 僕にはスライムの声は聞こえないが、そのうち聞くこともできるようになるのではないかと期待している。

 


 スライムについて分かったことはまだある。


 前回の授業で魔力が枯渇して死にそうになったスライムだが、僕の魔力を何とか渡す事ができて一命をとりとめた。


 スライムにとって魔力は、他の眷属より重要度が高く、肉体?はそこまで重要ではないらしい。あくまで僕の推察だけど問題なのは魔力の枯渇だと思える。


 以前、何も知らなかった僕は、リセマラさんと呟く人たちに向かって、スライムの体をちぎって投げていた。しかし、授業で「眷属は自然治癒しないので、ケガを放置していると生命力が枯渇して死ぬ」と聞かされて正直焦った。それからはスライムの体をちぎって投げるのは自粛していたのだが。


 廊下ですれ違う人がリセマラさんと言うと、スライム自ら体をちぎって投げつけるようになった。「え?この前死にそうになったのにちぎって平気なの?」って訊いたら。『もんだいないじぇ』みたいな感じで触手をぐっとしてた。ちょっと面白い。いいぞもっとやれ。


 ......まぁそんなことがあった。


 どうやら、プルプルボディは魔力を与えたら復元するらしく、ちぎっても痛みはないらしい。ただ、体を保持するためには魔力が必要で、魔力が少なくなると表面のハリがなくなり濁ったように見え、魔力が枯渇すると形が崩れてしまうようだ。つまり、スライムは体の維持で魔力を消費し続けていて、形状が保てなくなるというのはスライムの死の兆候だ。僕には魔力を視認することができないので常に魔力を送るようにしている。


 魔力が十分に補充された今は、手で触れても体が崩れる事もなくなった。今では直接触って魔力を渡す事もできるのだが、水を介して魔力をもらうのをいたく気に入ったようで、スライムには珍しくおねだりしてくる。


 なので、容器に水をいれ、そこに魔力を馴染ませてからスライムを入れると、ずっとプカプカ浮いている。こうやって部屋のインテリアの出来上がった。


 こんな日常を続けていたら、僕にもちょっとした進歩があった。ヒマを見つけては何度もスライムに魔力を渡していたら体の中の魔力をなんとなく感じられるようになり、コントロールができるようになったのだ。人間は魔力感知能力がとてつもなく低いので、本来魔力がコントロール出来ないはずなのだが......。まぁ、だからと言って魔法が使えるわけでもないし、証明もできないのでみんなには黙ってる。



 学園生活も6ヶ月目を迎えた現在。僕のスライムは外見の変化は全くないが、他のクラスメイトの眷属たちはすくすくと育ち、幼体から子供へと成長を遂げている。教育課程は次のステージへと移行し、本日から戦闘訓練が開始される事となった。



§§§



 戦闘訓練という事で構内の闘技場に来ている。闘技場と言っても頑丈な壁に囲われた広場みたいな感じだ。闘技場の壁には檻状の扉になっていてそこに魔物が待機できるようになっている。今も魔物を待機させているのか、気配を感じて、眷属たちはそろって檻の向こう側を興味深く覗いていた。



「スライ君とマル君おはよ、戦闘訓練かぁなんだか緊張するね」


「おはよ、ステラ。フーランもおはよう」


「ぎゃ!」


 彼女はステラ、以前スライムへの魔力渡しの時に氷を渡してくれた女性だ。あの日以来、友人として接してくれている。フーランは彼女の眷属で氷の魔法を使う事ができる丸いフォルムの鳥型の眷属だ。


 ちなみに僕のスライムの名前がマルだ。ステラにスライムの名前を問われ名づけすら怠っていた事に気付かされ、思い浮かんだ名前をそのまま付けた次第だ。



 フーランが「ギャギャ」と鳴いて、マルに氷を作って渡している。あの日以来これが彼らの挨拶となっている。氷を受け取ったマルは嬉しそうに跳ね上がり体内に取り込む。なんとも微笑ましい光景である。


「フーちゃん、ちゃんと戦えるかな、緊張して胃がキリキリする」


「相手は角ウサギらしいな。人間でも討伐できる魔物だからフーランなら問題ないと思う」


「そうだと良いんだけど、マル君は平気なの?」


「多分、勝負がつかないんじゃないかな......。実はマルの攻撃方法は触手でぺしぺしなんだ」


「ぺしぺし。......かわいい」


「ギャギャ」



 先生がやってきたので生徒全員が集まる。


「皆さん今日は、魔物との戦闘をします。今回の目的と注意事項を説明するので、しっかり聞いてくださいね。まず、目的から、戦闘訓練は魔物と相対してしまった時に、ちゃんと召喚士(サモナー)を守って戦えるか?そしてちゃんとトドメを刺せるかというのも重要になります」


 魔物と遭遇してしまえば、始まるのは命のやり取りだ。もし、魔物を行動不能にできたなら確実に息の根を止めなければいけない。隙をみせたら殺されるのは僕たちの方なのだから。



「そして、注意事項ですが、今回の魔物は角ウサギです。初戦ということで万が一のトラブルも起きないように角は折ってあるのでそこは安心してください。ですが、戦闘後は目立つ傷が無くてもかならず治療を行うこと。どんなに小さなケガも見逃さないようにしてください」


 先生が繰り返し回復の重要性を説くのは、眷属は通常の生物に備わっている自然治癒能力がないからだ。傷を癒す為には召喚士(サモナー)の魔力が必要となる。戦闘終了後は速やかに魔力を渡して回復することが求められる。じゃないと命に係わるのだ。



「みんなの戦い方をみるのも勉強ですよ。それではひとりずつ対戦していきましょう」


 クラスメイトのひとりが前にでると檻が開かれ角ウサギが飛び出してくる。角ウサギは体長50センチの魔物で、本来なら額から10センチほどの角が生えているが、安全のために折られている。この状態では有効な攻撃手段がないので眷属が大きなケガを負う心配はない。


 魔物の強さランクもEランクなので、たとえ角が生えていても問題はないのだが念のためだろう。ランクE、ランクDは人間でも討伐できる強さの魔物だ。ランクCになると人間では太刀打ちできないので眷属のチカラが必要になってくる。


 しかし、僕たちのクラスの眷属は非戦闘型であり、強さはランクEとランクDだ。すこしややこしいのだが、ランクDの眷属は、“ランクDの魔物との戦いなら勝てる”という基準であり、ランクCの魔物とも戦う事はできる。しかし、死を覚悟した戦いとなるので、戦闘の回避が推奨されている。


 角ウサギとの戦闘はやはり、眷属の圧倒的勝利で勝負にならない。サクサクと順番が進んでステラの順番になったようだ。


「フーちゃん、頑張ってね!」


「ギャ!」

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