第3話 召喚士(サモナー)失格

 召喚士養成学校は遠方からくる人の方が多い。なので全寮制となっている。それに加え各自眷属を引き連れていることからひとり部屋となっている事はありがたい。幼い眷属を育てる、眷属中心の生活という意味合いでもあるのだろう。ともあれ、今の僕にとって家族の顔を見なくて済むのは救いだ。


 また、召喚士(サモナー)全員が同じ待遇ではない。眷属のランクに合わせて部屋が豪華になっているらしい。でもその対応が不適切かと言われたらそうでもないとしか言わざるを得ない。なぜならランクの高い眷属は相応に体も大きいのだ。


 体の大きさは強さに直結する部分なので、国としてもそこをないがしろにして不満を募らせるわけにはいかない。もしもの時の為に忠誠心高く国の為に戦って欲しいのだ。確か兄は一番大きな部屋が割り当てられていたと記憶している。僕はと言うと一般的な部屋に通された。まぁそういうことだ。


 僕がスライムを召喚する前までは、弟はどんな眷属を召喚するのか期待されていた。しかし、Fランク認定の眷属という事が発覚してからは、兄にすべてを持っていかれた残りカスと揶揄されている。先日のランク認定の時多くの見学者がいたがそいつらの会話から漏れ出た言葉だ。おそらく笑い話として外にまで広がってしまったらしい。


 召喚の日から数日が経つのだが、ただ飛び跳ねるだけのスライムを引き連れている僕は悪い意味で目立つ。街で僕を見つけたら、「こいつがそうか!」と笑い話のネタにして嘲笑う声が続く。もう僕に期待しているものなど誰もいない。



 以前は早朝に目覚めて鍛錬が日課だったが、今は朝起きるのも億劫になってしまった。どうして今まで頑張っていたんだろう。僕の中は空っぽだ。面白くない。日に日に心が冷めていく。



 クソ!どうして僕はドラゴンを召喚できなかったんだ!僕の心は重く沈み込んで日に日に落ち込んでいく。


 今日は特に最悪な目覚めだ。嘲笑の声が幻聴として聞こえてきては嫌な感情が浮かび頭ン中がぐるぐるする。



 僕は不機嫌な感情を隠す事なく支度を済ませてスライムを横目でみる。朝は苦手なのか昨日よりもスライムの動きが鈍い。更にイライラが募る。


「おい、授業が始まる。行くぞ」


 スライムがプルンと揺れてついてくる。



 ......クソ。なんでもおまえは文句のひとつも言わないんだ。心の中では嫌な召喚士(サモナー)に召喚されてしまったと思ってるんだろ!


 自分自身で勝手に侮辱し、荒れた僕は行き場のない怒りを身近なテーブルを蹴り飛ばす事によって発散した。音と衝撃にスライムがビクッと震えた。


 強く目を瞑って肩で浅い呼吸を繰り返す。......はぁ。気持ちを切り替えろ。自分の行動に嫌気が差す。今度は深く息を吸って思いっきり吐き出し、意図的に全身の力を抜く。


「八つ当たりだった。ごめん」


 スライムは気遣うように黙ってついてくる。このスライムはちゃんと僕に従ってくれている。きっと僕の夢が召喚騎士(サモナーナイト)でさえなければ、もっと純粋に接することができるのだと思う。僕が強さを渇望さえしていなければ何も問題がないのだ。


 僕はただの妄想家だった。それがわかった。これからは現実をみて適当にやり過ごしていけばいい。悔しさに目頭が熱くなる。両手で顔を覆い耐える。


 怒りを我慢した僕の中には、情けなさだけが残った。



§§§



 召喚士養成学校は子供でも知っているような基礎知識から勉強しなおす方針のようだ。この国の人間は必ず眷属を引き連れている。中には不運な事故によって眷属を亡くしてしまった人もいるが、戦闘に参加しない市民が眷属を失う事は滅多に起きない。


 なにが言いたいかというと、家に帰れば両親がいて、その両親の眷属もいるのが普通なのだ。先日、自分専用の眷属を呼び出したばかりだからと言って。これまでに眷属と触れ合った事がないかというとそうではない。だから、基本的な知識というのは生活の中で身についていくものだ。


 各々抜けはないかの知識合わせという側面が大きいのだろう。何はともあれ、ついに今日から本格的な勉強と訓練が始まる。机に向かっているだけでは体験できない実施訓練だ。今は野外に出て、先生の話を聞いているところである。



「眷属はこの地に召喚されて肉体を得ます。肉体は召喚士(サモナー)の魔力によって構成されたものですが、具現化してからは実際の生き物と変わらない構造となっています。ただ注意しなけばならない事は、眷属は自然に傷が治る事がないという事です」


 ......初耳なんだけど。まわりの生徒を見回してみると。うんうんと頷いている。常識らしい。今までにケガをした眷属を見たことがなかったので盲点だったと言える。


 というか知らないでめっちゃスライムちぎって投げてたんだが、大丈夫か?



「眷属の傷は召喚士(サモナー)の魔力を補充することで治癒します。これは常識なので知識としては皆さん知っていると思いますが、実際に治癒を施したことがある人はいないと思います今日は実際に眷属の傷を治すときの魔力の受け渡しをしましょう」


 生徒のひとりが挙手をして問いかける。


「先生!質問いいですか?」


「なんでしょう?」


「眷属の傷を癒せるという事は、召喚士(サモナー)は眷属に対しては回復魔法が使えるということでしょうか?」


「それは違います。召喚士(サモナー)ができることはあくまで魔力の補充です。補充された魔力を使って眷属が治療を始めると言った方が正しいかもしれませんね」


「では、その魔力の補充は誰からでもいいのでしょうか?」


「いいえ、眷属は召喚士(サモナー)の魔力で構成された魔法体です。それは実際に肉体が形成されてもその本質自体は変わりません。パートナー以外が治療を施す事はできません」


 なるほど、眷属も普通に食事をするから他の生物と同じ。そういうものだと思っていたが違っていたらしい。魔力か、人間にも備わっているこのチカラ、本来は魔法を行使するためのチカラ。でも人間は魔力を感じる感覚も、操作することも苦手だ。


 召喚したとき、初めて体の中から強制的に何かが吸い取られていくのを感じた、あれが魔力なのだろう。しかし、どうやって意識的に魔力を放出させるのか?


「もう質問はないみたいですね。それでは、皆さん眷属に手を当てて、魔力の通り道を開くイメージをしてください。大事なのは抵抗をなくす事です。準備ができたら眷属に合図を送ってください。あとは眷属が必要な魔力を吸い取ってくれます」


 どうやら体内にある魔力を勝手に眷属の方から吸い出してくれるらしい。マスターがすることはその抵抗をなくす事みたいだ。


 和気あいあいとした感じでみんなが眷属に手を当てて魔力を流す練習を始めた。しかし、僕はそんな気軽に始める事はできない。だってこいつ手の熱で逆にダメージ喰らうからさ。手を当てるのも注意が必要なんだ。どうしたらいい?


「なぁ、お前、魔力足りてないんだよな」


 僕の問いかけにスライムはプルンと揺れる。


「わかった。じゃあ僕の手に触れてみてくれるか?」


 スライムは了承したとばかりに体の一部を触手のように伸ばし僕の手に触れる。少ない接触面にも関わらず触れたところから水滴が零れ落ちていく。


「ダメだな、離してくれ」


 スライムは申し訳なさそうに触手を体に戻す。今までにない悲しい感情のようなものが伝わって来て戸惑う。一瞬何が起こったかわからなかったが、思い当たる節はいくつもあった。

 ......あぁそうか僕とお前はつながってるのか。そうだ今までだって一方的に話しかけるだけだったけど、何となく気持ちは理解していた気になっていた。あれは、僕の都合の良い解釈なんかじゃなくて、ちゃんと返してくれていたんだな。


 言葉で伝える事はできなくても、よくはわからないが感情を直接伝えていたのか。


 スライムがプルンと揺れる。いつもの合図だ。......そっか。僕はこんな事にも気づいていなかったのか。元気のないスライムを見て申し訳なく思う。間違いなくコイツは僕のパートナーなのだと突き付けられた気持ちだった。



「よし。もう一度試してみよう、僕の手に触れて」



 スライムの触手が伸びて僕の手に触れる。触れた先から段々と溶けて水滴が零れ落ちていく。申し訳なさそうに触手を体に戻す。そんな気落ちするな大丈夫だ。お前は悪くない。僕がうまくできていないんだ。考えてみればこいつは生まれたばかりの赤子同然なのだ。世話して育てなければ生きられない。僕に縋るしかできないのだ。そう思うと申し訳ない気持ちが溢れてくる。


「むずかしいな。そうだ、魔力を飛ばせる事ができれば触れないで済むかもしれない。試しに魔力を飛ばす練習をしてみよう。僕は魔力を感じる感覚が鈍い、もしできていたら教えてくれるか?」


 スライムは了承したとばかりに揺れる。それを見届けてからスライムに手のひらを向けて魔力を飛ばすイメージ。感覚なんてものは全くわからない。それでもたまにスライムが揺れるのでもしかしたら刹那的に魔力が放出できている時もあるのかもしれない。

 しかし、スライムに魔力が補充されている気配はない。これでいいのだろうか。魔力を眷属に渡す、そんな当たり前のことすらできない。


 スライムと向き合っていると心なしかどんどん弱ってきているように思える。丸い形状が崩れ透き通っていた体が濁ってきているように感じる。


 嫌な予感がして一度手を止めて、先生に質問した。

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