海のない街のクロネコ

ハラ キキ

第1話 海の無い街に揺られて

風が悲しげに山々を撫でる。黒猫のダイキはいつも窓から見る景色に寂しさを感じていた。無限の静けさに反し、彼の心にはさざ波がたつ。この県には海がないのだ。ある晩、ダイキは近所の駐車場にパトロールに向かう途中、一匹の小さな人族に出会った。その人族はこちらに何やら珍妙な機械を向けている。その人族の悲しい目を見て、ダイキは孤独な心に不思議な共感を感じた。あなたも、山梨に海がないことを悲しんでいるのではないか。

ダイキは目を閉じ、幼少期の海辺の景色を想起した。漣(サザナミ)の音が脳裏に蘇る。黒猫のダイキの眼が少し光る。


その小さな人族。カナは静かにダイキに語りかけた。「海が恋しいの?」その声はまるで遠く離れた海からのささやきのよう。ダイキは言葉を持たないが、その瞳で深く共感を示していた。二人の間には、言葉を超えた理解が生まれていた。

カナはポケットから小さな石を取り出し、ダイキに見せる。

「これは、私が産まれた茨城の海で拾ったものなの。」ダイキはその石をじっと見つめ、おもむろにその石をなめた。


その夜から、カナは毎日その駐車場に、黒猫のダイキに毎日あいにいった。カナは毎日故郷茨城への恋しさを語る。ダイキは目を瞑り、耳だけを動かしている。


あくる日、カナはダイキのために、庭に小さな水たまりを作り、それを「ダイキの海」と名付けた。その日から、その水たまりがダイキにとっての海になった。

風が温かくなってきたある日、カナはダイキに特別なプレゼントを用意した。それは、遠くの海から録音した波の音が入った型落ちのiPod。その時、ダイキの頬の髭に冷たい山風が吹き付けた。ダイキの黒髭が風にそいだ。それは、あたかも潮騒の音のようだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

海のない街のクロネコ ハラ キキ @harakiki328

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ