第十五話「開花」

彼女の家のダイニングチェアに私と彼女の母親、一ノ瀬里香りかは斜め向かいに腰掛け、彼女はダイニングチェアを除け、その代わりに車椅子を私と対面のテーブルの位置に動かす。


「何から話そうか…」


私は彼女との関係をどこから説明しようか言いあぐねていた。その気持ちを汲み取ったのか彼女が口を開いた。


「…高校三年生の時白鳥くんに勉強を教えて貰おうと声を掛けて、週に1回図書館で勉強会を開いていたの」

「友達の家に遊びに行くって言ってたやつね。まさか男の子と会っていたとは…」


里香さんが感心したような顔をしていた。


「それが白鳥くんとの初めての出会い?」

「うん」

「何で彼に声を掛けたの?」


そう、彼女と私は高校三年生の時同じクラスで半年過ごしたが、彼女に声を掛けられるまでは全く交友がなかったのだ。


だから何故私に声を掛けたかは謎だったが、あの日その理由を知った。


私の財産目当てだったのだ。


しかし、これを母親の前で言うのか。彼女にとっては酷だろう。もしかしたら母親から勘当されてしまうかもしれない。そうなった体が不自由な彼女は辛い生活を強いられるだろう。


「白鳥くんがお金持ちだったから」

「…佳歩あなたッ!」


里香さんは怒りを露わにして眉間に皺を寄せ、拳を強く握り締めた。


私も彼女の言葉を聞いて強い恨みが心を支配しそうになったが、なんとか抑える。


「佳歩ッ!あなた何を言っているか分かっているの!?人の気持ちを弄んでッ!人として最低の事をしたのよ!?あなたなんかッ…」

「待って下さい!!!!」


あなたなんか勘当よ!!そう言いそうな雰囲気だったので、私は里香さんの言葉を遮った。


確かに彼女に恨みはあるが、そうなる事は本望ではない。彼女にも家族を失って欲しくないし、里香さんにも娘と離れ離れになって欲しくない。


だってそんなの誰も幸せじゃないじゃないか。


彼女は私を絶望の淵に突き落とした。なら彼女には私を幸せにして貰わないといけない。そのためには彼女も幸せにならなければいけない。


「僕は彼女が不幸になる事を望んでいません」

「何で白鳥くんッ!私はあなたに消える事の無い心の傷を負わせたのよ!私は罰されなければいけないの!罪を償い続けなければいけないの!幸せになってはいけないのよ!!」


あぁイライラする。これは金目当てで私に近づいてきた、私を裏切った事への怒りでは無い。


彼女は何故罪を犯した癖に自分でそれを断罪しようとしているのか。


「お前はいつ罰を与える側の人間になったのか?」

「え?」


あぁイライラする。我武者羅な自己犠牲などただの自傷行為ではないか。自己満足ではないか。


「どの罰を受けるかを罪を犯した者が勝手に決めて良いものか!罪を償わなければいけない?幸せになってはいけない?そんなの誰がお前に言ったんだッ!!俺はお前から被害を被った者だ。少なくとも俺の許可無しで勝手に罪を償うな!俺を傷つけた罪をッ!お前の自己満で消化するなァ!!!」


ふぅー、すっきりした。彼女の断罪は今日で終わりだ。


――これからは俺が佳歩を幸せにする。


「し、白鳥く…」

「よく聞けェ!!!!!」

「は、はひぃ!!」


面と向かっての告白はあの日以来だ。緊張する。手汗が湯水のように出てくる。さっきまでの勢いを利用して言うしかない。


「一ノ瀬佳歩!俺はお前の事が世界で一番大好きだァ!!未だお前の事を信じれなくなる時はあるが、そんな事で躊躇していたらお前を逃がしてしまうゥ!だから一ノ瀬佳歩ォ!!俺はお前をもう二度と離さないッ!お前が俺の財産の事が好きでもォ!お金より俺の事を好きにさせてみせるッ!!!!」

「〜ッ!!」


あぁ〜全部言ってしまった。顔が今までに無い位熱い。心臓も一秒に三四回程脈打っている。


「だ、だからそのぉ、文句あるかァ!!」

「な、ないでしゅッ!」


全く酷い告白になってしまった。相手の女性に対して「文句あるか」などと言ってしまった。前代未聞ではないか?


「ふふふ」


里香さんが私達の様子を見て笑い出した。それを見て急に恥ずかしくなってしまい、私も


「あ、あははー」


と、誤魔化すように笑った。


「素直で優しそうな真面目な男の子だと思ったけど、こんな凶暴な一面があったとは!佳歩も良い男の子捕まえたねぇ」

「う、うん!」


凶暴な一面のある男が何故良い男なのかは分からないけれど、家族の仲が戻って一安心だ。


「し、白鳥くんあのね、」

「うん」

「私も大好き!」


彼女の向ける向日葵のような笑顔は、あの頃の明朗快活な彼女の姿を思い出させるが、それと同時に今にも消えてしまいそうな儚さも纏っていた。

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