第十四話「再会、再開」
私は緊張している。
現在私は一ノ瀬佳歩の家の前まで来ている。住所はメッセージアプリで送って貰った。
彼女は『私が一ノ瀬くんの方に行く!』と言っていたが、車椅子の彼女を郊外の私の所まで来させる訳にはいかない。
そういう訳で彼女の家まで来ているのだが、彼女は不自由な体の為、家族と一緒に住んでいるのだ。
今は正午を少し過ぎた辺りなので、彼女の父親は仕事で居ないものの母親は居るのだ。
どんな顔して会えばいいのだろうか?
彼女の怪我の直接の原因では無いのだが、間接的に私が関わっているのは明確だ。私があの日彼女を呼び出さなければ…。
ありもしない現実に思いを馳せていると、目の前の扉がガチャリと開いた。そこから私を不思議そうに見つめる綺麗な女性が出てきた。
彼女の母親だろう。大学生の娘を持つ母親だから四五十代位なのだろうが、透き通るような白い肌に、肩まで伸びている艶やかな黒髪、引き締まった腹部はそれを感じさせない。
それにどこかで見た事のあるような顔をしている。そりゃあ彼女の母親だから見覚えがあるのは当たり前なのだが。
「どなたでしょうか?」
「あ、怪しい者ではありません!」
目の前の女性はより一層怪訝な顔をして、私を警戒している。
「怪しい者ではありません」
そう言って後悔した。怪しい者は決まってそう言う。ならば私は今自分から、「私は怪しいです」と言っているようなものではないか。
「え、えーっと、今日一ノ瀬佳歩さんの家に訪問させて頂く予定だった白鳥縁でございます!」
「そのような方は知りませんが?」
冷淡にそう告げた。この凍てつく視線は、あの日私の告白を受けた後豹変した彼女に似ている。顔も似ているのだから、嫌でもあの時の感情が蘇ってくる。
苦しみ、恨み、怒り。私にかつて無い程の絶望を味あわせたこの視線。今は理性で自分を制御出来ているが、何かの歪みで彼女の母親に飛びかかってしまう位激しい怒りを募らせていた。
私は緊張しきっていた顔から打って変わって、激しく顔を歪ませていた。今にも人一人殺めてしまいそうな殺気が出てしまっていた。
「…!」
「すみません。人違いでした」
そう言ってこの場から立ち去ろうとした。彼女から住所を送って貰っているので間違える訳が無いが、一刻も早くここから離れないと、彼女の母親に危害を加えてしまいそうだったからだ。
「あッごめんごめん冗談!冗談だからァ!!」
足早に去っていく私を息を切らしながら追いかけてくる。私は呆気にとられながら、私の肩を強く掴んでくる彼女の母親の顔を見た。
「佳歩が男の子連れて来るなんて初めてで、ずっと家の前で悶々としている君を見て、ちょっとからかいたくなって…ごめんね…」
彼女の母親は急激にしおらしい態度になり、反省の色を示した。
「い、いえ大丈夫です」
その変わりように少し恐怖を覚えた。この恐ろしい変貌ぶりも彼女を想起させる。
「そぅ良かった…。ねぇ君のさっきの顔、なんだか穏やかな事情じゃないねぇ…私に、いや佳歩に何か恨みがあるのかしら…?」
「……」
やはり彼女への恨みはまだ心の奥底に存在している。それによって彼女への好意が無くなる訳では無いが、過去のトラウマは未だ私の心に深く刻まれている。
「…取り敢えず中に入って」
「…はい」
彼女の母親に催促され、彼女の家へと入っていく。彼女に会う前になんともいたたまれない空気になってしまったが、彼女との関係を進める為にはいずれ話さなければいけない事だ。
彼女の母親に連れられリビングへと案内された。
「それじゃあ佳歩連れて来るね…私は佳歩が白鳥くんを傷つけていたら、娘でも許さないから安心して。私の事も恨んでいいから」
彼女は力強くそう言った。自分の娘だからこそ責任を感じているのだろう。良い母親だ。
少し経ってリビングの扉が開き、彼女が母親に連れられ車椅子の車輪を回転させながらやって来た。
「……久し…ぶり」
「久し…ぶ…り」
互いにぎこちなく再会の挨拶を交わした。彼女は少し顔は大人びているか、あの頃の面影を感じさせる。
「白鳥くん…本当にすみませんでした」
頭を膝に擦り付ける程下げて、謝罪を述べる。メッセージでも散々謝罪をくれたが、実際に彼女の謝る姿を見ると、私が想像していたより誠心誠意がこもったものだった。
「…正直まだ許せていない自分が居るけど、一ノ瀬さんの気持ちは凄く伝わってる」
「ありが…とう…ッ…」
彼女は消え入るような声で涙を堪えているようだった。そんな彼女を見て責めてやろうなんて気持ちは湧いてこなかった。
「…お母さんも二人が何があったか聞かせてもらっていい?」
「…うん。白鳥くんも良い?」
「うんいいよ」
こうして彼女との止まっていた時は、失った時間を取り戻すように加速する。
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