第十三話「あなたの為に」
沢渡と須藤との熱い恋バナの翌日。いや、寝たのは日が昇ってからだから、正確には翌日ではない。
しかし、そんなのどうだっていい。私は約二年ぶりに彼女に連絡をする。今日はまたあの日ように冷たい風が吹いている。起きて少し経ったのに未だ布団にくるまっている理由がそれだ。
【白鳥】
『明日の10時に×町のカフェに来て欲しい。話したいことがある』
【かほ】
『了解っ!!』
チャットアプリを開きトーク履歴を眺める。【かほ】との会話の最後は、彼女が送った猫が敬礼しているスタンプで締めくくられている。
正直思い出したくない思い出だが、何時までも引きずってられない。
よし。文章を考えるぞ。
【白鳥】
『久しぶり。近いうちに会えないかな?俺がそっち行くから』
こんなもんでいいかな?
送信。彼女からどんな返事が返ってくるだろうか。私はどんな返事であってもめげずに彼女に私と会う事を了承させる。
久々に戦いの血が滾る。
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――――私は未練がましい女だ。未だ彼―白鳥縁とのトーク履歴を見て、あの頃を思い出している。
あの頃に戻りたいとは言わない。罪を忘れてしまうからだ。罪は償う、絶対に。それが私の使命だから。
なんて考えていると、私達の会話が、止まっていた時が動いた。
【白鳥】
『久しぶり。近いうちに会えないかな?俺がそっち行くから』
〜ッ!白鳥くん!え、あっ好き。
会いたい。会って話したい。何でもいいとりとめのない話がしたい。
――落ち着くのよ一ノ瀬佳歩。
私は彼と話す権利はない。心が張り裂けそうだが、ここは無視をして――
…あ、既読付いてたんだった。私が未練がましくトーク履歴を見ていたばっかりに…。
私は彼との会話を全て暗記する程、これを見るのが毎日の日課となっていた。だから、彼がメッセージを送ったタイミングと被ってしまったのだろう。
早急に出来るだけ冷たく返さないと。
『貴方と話す事は無い』
ぐッ、つ、辛い。でもこれはあなたの為。諦めてくれッ!
『いや俺はあるよ。きっと一ノ瀬さんもあると思う。このままお別れしたら一生後悔する』
私がメッセージを打った後すぐ彼から返事が来た。「逃がさないよ」そう言っているように感じた。彼から並々ならぬ覚悟が伝わってくる。
でもこれはあなたの為なのッ!!
『貴方と話す事はありません』
お願い、諦めて!
『そうやって突き放す割にはブロックしていないよね?それはもしかしたら連絡が来るかもって期待してたんだよね?』
凄い。彼は私の思っている事をストレートに言ってくる。凄腕の探偵と話しているような気分だ。
彼は諦めないみたいだ。でも、私も諦めない。私と関わったらろくな事がない。そうこれはあなたの為だ。
『貴方とは話す事はない』
『〇区△町□□□□□病院。ごめん皆に聞き込みして教えて貰った。毎日行く。俺は逃げられたら悲しいなぁ。俺を申し訳なく思うんだったら会ってくれよ』
ッ!彼は私が思っていたよりずっと本気だ。
申し訳なく思っているけど、今更引き返せない。私はとことん嫌な女になる。彼が私に淡い希望を抱かない為に。あなたの為に。
『ストーカーですか?不愉快です』
『ああ一ノ瀬さんと会う為だったら、ストーカーでも何でもやってやるよ』
やめてッ!やめてよッ!あなたと会う価値の無い私の為に自分を犠牲にしないでッ!!これはあなたの為ッ!
『もう良いです。この文面をスクリーンショットして警察に送ります』
『嘘ついてるな』
う、嘘…?
た、確かに警察に送る云々は脅しだけど。
『いえ、本当に警察に送りますよ』
『自分の気持ちに』
〜ッ!!
『どうせ"俺の為に"とか考えて、嫌われるように演じようとか思ってんだろ。本当に俺が嫌いなら返事もそこそこに無視を決め込むはずだ』
そんな…、何で、何で全部合っているの?
私は世界で一番演技が上手である自信がある。いや、実際に一番上手なのだ。だって私以外の誰も私の演技を見破った人はいない。
なんで何でなんでなんで…!!
これは全てあなたの為なの!なんで私の事全部分かっているのに、それは分からないの!!?
『あと一ノ瀬さんは相当自分勝手。俺の為にとか考えて、俺に冷たくしてるのとか、最高に馬鹿で愚か』
『何が言いたいの?』
ここまで彼にガツンと言われた事が無くて、少しムッとしてしまった。つい感情的になってしまった。
反省だ。常に平常心で。
分かって。これはあなたの為なの。あなたは私と関わるべきでは無い。
『俺の為に冷たくしろなんていつ頼んだよ?俺の気持ちを分かっちゃあいねぇな。俺お前の事大っ嫌いだけど、それと同じ位大好きだから』
私の事が好き…?
私は彼との関係を断ち切る為に、彼を絶望のドン底まで突き落とした。それは「私達の関係をやり直す事が出来るのでは?」という一縷の望みを、完膚無きまでに無くす為である。
それなのに、どうしてあなたは諦めないの?どうして私と一緒になる辛さが分からないの?どうして他の女の子には目もくれず、過去の女の尻を追いかけているの?
――大好きだから』
くぅぅッ!!!
そうだ私は失念していた。人間の行動原理は私が思うよりずっと単純だった。
「愛する人に会いたい」
その想いだけで、天まで聳え立つ山々さえ軽く跳び越え、リヴァイアサンの巣食う荒れ狂う大海すら泳いでいく事が出来るのだ。
彼は他でもない一ノ瀬佳歩を愛しているのだ。欲しているのだ。会いたいのだ。
それが、それだけが彼の望みなのに、私と来たら「あなたの為に」と彼から頼まれた訳でもないのに頑なに彼の事を遠ざけて……
彼の望みを真っ向から拒絶する行動を取っていた。
よくもまあそれで「あなたの為」なんて理解者ぶった事を言えたものだ。
全くこんな自分が嫌になる。彼はどうして私みたいな勘違い腹黒玉の輿屑女の事を好きになって下さったのだろうか?
いや、こんな風に自分を卑下していたら、彼に怒られてしまう。私が怒られるのは当然の事だが、彼は「自分を大切にしてほしい」という憎悪…よりかは私への心配の怒りなのだろう。
全くお人好しだなぁ。だから私みたいな詐欺女に騙されるんだよ?
他の人に騙されないように私が護らないと。一生彼の側に居ないと。彼と共に人生を歩まないと。
ふふふ。
……でも、私と会って彼の気が変わって、「もうお前の顔も見たくない」って言われたら彼の迷惑にならないように、彼の前から姿を消そう。
…辛いなぁ。
これは全て自分で選んだ道。彼を傷つけた以上、彼を最大限幸せにしてあげたい。
彼には怒られるかもしれないけれど、自分の感情なんて二の次だ。元々
『すみませんでした。本当にすみませんでした。私のせいであなたを傷つけてしまってすみませんでした。そして、それでもなお私の事を好きと言ってくれて、ありがとうございました。本当にありがとうございました。私もあなたと、白鳥君と会いたいです』
『やったー!ごめんね俺も口調強くしちゃって』
あと畏まりすぎ!と彼に言われてしまったが、そう易々とフランクに話せる程、私は彼と対等だとは思っていない。いや私は人間の中でも底辺だ。便所に湧いた蝿と戯れるのがお誂え向きだろう。
でも、彼はこんな私に慈悲をくれた方。
『うん、ありがとう本当に。こんなどうしようもない私に会いたいと言ってくれて』
『一ノ瀬さんはどうしようもなく無いよ!自分を卑下しないで!』
ふふ。やっぱり彼怒った。本当にお人好し。
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