第十話「天罰」

翌日。


恐らくいや、確実に今日私は告白される。


カフェに着いたら、彼が先にテーブル席に座っていた。


私はアイスティー、パンケーキ、パフェを注文すると、彼も「僕も同じので」と私と全く同じメニューを頼んだ。


彼と同じ。ふふ。


どんな事でも彼と共通点があるだけで、どうしようもなく喜んでしまう単純な女だ。


注文した品がテーブルに並べられたので、私は彼に今日の本題を尋ねる。


「な…何かな?話って」

「単刀直入に申し上げます」

「は、はい!」


来た。


どんな告白の言葉を受け取っても動揺する事無く、一ノ瀬佳歩を演じるのだ。


だが、受け取った後はどうするのだろう。


―――付き合えば、揺るぐことのない安定を手にする事が出来る。


しかし、彼に対する罪を一生言い出せないまま、彼と過ごす事になる。


そんなの耐えられない。


―――振れば、揺るぐことのない安定は放棄する事になる。


そして、私の彼が好きだという気持ちに嘘をついて、一生後悔する事になる。


それも耐えられない。


――――――待て。私はどちらかを選ぶ権利等無いのではないか?


そう考えていると、


「一ノ瀬佳歩さん、貴女の事が好きです。私と付き合ってください」

「!」


予想通り告白された。


しかし、予想以上にこれは私の心を痙攣させる。


愉悦。快楽。女としての本能。性欲。


今まで触れられた事の無い領域を、彼の言葉によって縦横無尽に荒らされる。


かつて私は自分というものがなかった。けれど彼によってそれが生み出された。


無から有を作り出す。


言うなればこれは自我のビッグバンだ。ならば彼は神に等しい存在。


彼に近づいて良かった。出来ればもっと近くに居たい。妻でも恋人でも友人でも愛人でもセフレでも良い。


私が彼と何か繋がりがあるならそれだけで満足だ。


――――そんな浮かれた気持ちも束の間。


やって来た。私の裁きの時間だ――――


「そ、そう、…」


刹那、今私はきっと苦虫を噛み潰したような表情をしただろう。


それは今から私が起こそうとしている行動に対する、憂いの表れだ。


優しい彼の事だ、それを取り立てて指摘する事はしないだろう。


しかし、私は裁きを受けなければならない。


「1回、そ、外に出る?少し場所変えてさっ!」


これは私が始めた物語だ。


私が介入しなければ何も起こらなかった。


「そうね」


だから、私が終わらせなければならない。


「えっ…」


出来るだけ残酷な形で。


「どうしたの?早くお店を出ましょ。貴方がお会計は払うわよね?」


私と彼との関係が修復不可能になるまで、めちゃくちゃに。


「えっ…えっ…」


ぐちゃぐちゃに。


「はぁ…だから"お会計"払うの?払わないの?」


演技に頼って、出来るだけ冷淡に金にしか興味のない女を演じる。


「えっ…」


私も最初は玉の輿だ。最低な女である事に変わりないのだが。


使えなくなった男を掃いて捨てるような、ドがつく程の糞女になって、彼に思いつく限り最悪のシナリオを想像させる。


「私の事が好きなのに、私のために財布の紐を緩くする事すら出来ないの?」


はは。思ったより辛いな。


大好きな相手を突き放すというのは。


「そ、それはどういう…?」


だがもう後戻りは出来ない、ここで完全に関係を断ち切らなければ、私は彼の優しさに甘えて関係を続けてしまう。


今こそ、数十年の月日をかけて磨いてきた演技を発揮するとき。


全身全霊を懸けて彼を二度と立ち直れない程傷つける。


「この際だからはっきり言っておくけど、私は貴方の事が好きでは無い。私が好きなのは金持ちである貴方の将来性。でもいいわ。貴方との"芝居"ももう疲れたもの」


ぁあ、あなたをそんな顔にさせたくなかった。


「さよなら」


もう二度と会う事はないでしょう。


さようなら世界で最も大切な人。


ぁ、涙が出てきた。


初めてだ。無意識に涙が出るのは。


『あなたの事が好き』


これは私の本心だったんだなぁ。


辛いなぁ。


私が正直に罪を告白して、誠心誠意謝罪して、彼と向き合っていたら、私はいつか彼の隣に立てたのかなぁ。


だが、そんな事があってはいけない。


私が救われてはいけない。


だってこれは私への天罰なのだから―――

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