第九話「自己嫌悪」
「…だ、第5回一ノ瀬白鳥合同勉強会ー…」
私があなたを好きになって一週間が経った。
この一週間は、私が今まで過ごしてきたどれよりも酷く永遠に感じた。
早く彼に会いたい。
同じ学校にいるので、顔を見合わせる事は時々あるのだが、彼と学校で話してしまったら、あらぬ噂を立てられてしまう。
この噂は私と彼の関係を深める事の障害となる可能性がある。
こういった彼と私の仲を引き裂くあらゆる可能性を地道に潰していく事で、一日でも早く彼とウェディングロードを歩く事が出来る。
図書館だって知り合いが来ない、学校から離れた所から選んでいる。
急がば回れって事だ。我ながら惚れ惚れする計略だ。
だがしかしその計略は、それを立てた私によって崩されようとしている。
早く彼に会いたい。
心の奥底から燃え上がる熱い思いは、私が何年もかけて立てた計画を無視して、『一秒でも早く彼に会いに行け』と私に訴えかける。
彼の教室の前を意味もなく何度も何度も通り過ぎてみたり、彼のクラスの女生徒と喋るという口実を使って彼を目で追ったり、弁当の中身を覗き見て栄養のバランスをチェックしたり、放課後彼の温もりを感じる椅子に座ったり…と。色々と我慢の限界だった。
このままだと計画が破綻しかねない。
「今日のボリュームはいい感じだよ」
「ほんとに!!?」
「しー!」
彼との会話を重ねる度、彼への想いが強くなっていくのを感じる。
…その分だけこんな誠実で優しい青年を、自分の私利私欲の為に利用する私に対して、嫌気が差してくる。
――――――――――――――――――――
―――――――「ふぅー…取り敢えず今日はこの辺にしとく?」
「うん!」
今自分の出せる最大限の笑顔を作る。私は何時だって、『皆が求める一ノ瀬佳歩』なのだ。
最近これを演じる度、際限のない自己嫌悪に陥る。
―――『そうやって人を騙して得る信頼は気持ちいのか?』
…仕方がないだろう。幼少期から私はこれ以外に他者との関わり方を知らない。
―――『お前の我儘に付き合わされる白鳥縁の気持ちは考えたのか?』
…だってそんなのッ――
―――『「己の目的」の為というのか?』
そう。だって私は腹黒い女。どうせまともには死ねない。
必要悪ってやつ?彼だって可哀想だとは思うけど同情で心が揺れる程、私の"目的"に対する執念は浅くない。
そうね。大悪党のプライドって言うの?
―――『そうやって開き直るのか?』
…何が言いたいの?
そうよ。私は罪のない人を騙し、悪の限りを尽くすの。
モラルや法で悪は規制されているけれど、そんなの人類史においては、ここ最近で整備されたものだ。
自分の目的の為に手段を選ばないというのは、人間として当然の行動原理ではないのか?
―――金が欲しいから盗みを働く。
―――その人の事をどうしようもなく恨んでいるから人殺しをする。
―――曲げる事の出来ない崇高な思想があるから権力者に反旗を翻す。
悪とは自分の欲望に人一倍実直なのだ。
起こした行動は決して褒められた事ではないが、別に悪は誰かに賞賛されるために、行動した訳ではない。
私も私の目的を達成するために行動する。それに伴って出た犠牲は『仕方がない』としか言いようがない。
えぇそうよ。開き直っているわ。私は所詮意地汚い悪よ。
だからもう一度言う。私は罪のない人を騙し、悪の限りを尽くすの。
―――『自分の心さえ騙して寂しくはないのか?』
ッ!
…私はもう手遅れなの。彼とは一緒に居れないの。
寂しい。
けれど、それが私の罰だから。
「じゃ解散しよっか!」
出来る限りの愛想を振りまきそう告げる。
いつもより切り上げる時間は早いが、今日はもう帰ろう。
また来週に備えて計画を練ろう。
「あ、あの!」
「うん?」
彼のいつもより真剣なまなざしがこちらに向けられる。
かっこいい…。
一瞬でさっきまで陥っていた自己嫌悪を忘れ、彼の事で心がいっぱいになる。
彼で満たされれば満たされる程、この後の苦しみは大きくなるのに。
「い、いや、何でもない」
「あ、そう…じゃあね!」
「う、うん、また」
彼が私を呼び止めようとしていたが、諦めたようだ。
正直ほっとした。
彼に呼び止められ、何か私に行動を起こされたら、しばらくは彼の事しか考えられなくなり、その後の苦しみは想像を絶するだろうと思ったからだ。
――――――――――――――――――――
――――帰宅後。私は物思いにふけっていた。
何で彼は私を呼び止めたのだろう?
…もしかして?
―――自分に気があるんじゃないか?―――
呼び止められただけで、何をこの勘違い女と。
理想と混同してんじゃないぞと、言いたくなるかもしれないが、私には人の性質を見抜く観察眼がある。
だから恐らく、いや十中八九彼は私に好意を持っている。
では、喜ばしい事ではないか。
私の演技が薄れるというハプニングはあったが、無事彼の事を虜にする事が出来た。
揺るぐことのない安定を手にする事が出来る。
では、何故こんなに私の魂は彼と一緒になる事を拒んでいるのか。
私も彼の事が好きだというのに。
―分かっている。
私は彼との出会い方を間違えた。私は財産目当てで彼に近づいた。
この罪は私が彼に一生尽くしたとしても消える事は無い。
例え彼が許したとしても、私が私の事を許せない。
もし許してしまったらいずれ罪を忘れ、のうのうと生きていくかもしれないと思うと恐ろしい。
これは私の自己満足だ。
なんて我儘な女なんだ、私は。自己嫌悪に陥りそうになった時、携帯の着信音が鳴った。
【白鳥】
『明日の10時に×町のカフェに来て欲しい。話したい事がある』
画面にそう表示されていた。
疑惑が確信に変わった。彼は私の事が好き。
…そして私も彼の事が好きだ。普通なら幸せな二人が生まれるはずだが、私が幸せになる権利なんてない。
たとえ彼が私の罪を許してくれたとしても、私は私の事が許せない。
自分勝手な考えだが、こう考えでもしないと、自己嫌悪と罪悪感で押し潰されそうになる。
だが私も女。大好きな異性に愛の告白をされると考えたら、心が踊る。
気づいたら私は『了解っ!!』と返信しており、あっさり彼からの誘いを了承していた。
彼から告白されたら人生最大限の喜びを感じるだろうが、それも束の間、その後無限に続く自己嫌悪に悩まされるというのに。
私はその複雑な胸の内を誤魔化すように、猫が敬礼しているスタンプを追加で送った。
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