第八話「欲求」
一ノ瀬佳歩佳歩玉の輿大作戦の、足がかりとして私は勉強会を企画した。
名ずけて『一ノ瀬白鳥合同勉強会』だ。うん、我ながら良いセンス。
毎週土曜日の午後から図書館で勉強するという内容だ。何故午後から開催するのかというと、朝は顔がむくんでいるからだ。
乙女たる者、異性に見せる時の顔は常に完璧でなければならない。
世間では隙のあるズボラな女が持て囃される事が多々あるが、私からしたらみっともない。常に綺麗である事に越した事はない。
私は私の持てる全ての武器を使って、自分の野望を叶える。必ずや白鳥縁を手に入れる。そのためだったら、なんだってやってやる。
私は洗顔料が馴染んだ両手で頬を軽く叩き、自分を奮い立たせた。
―――――――――――――――――――――――――――――――「…第四回一ノ瀬白鳥合同勉強会!」
私は控えめにそう宣言した。第一回、第二回、第三回一ノ瀬白鳥合同勉強会では声が大きすぎて司書に怒られてしまったからだ。
先程まで訝しげにこちらを睨んでいた司書だが、私が囁き声で喋っている様子を見て、反省したと思ってくれたのか、作業中のパソコンの画面に目を向け、キーボードを打ち始めた。
私がほっと胸を撫で下ろしていると、
「一ノ瀬さんやれば出来るじゃん!」
彼―白鳥縁が目をキラキラさせながら、屈託のない笑顔を見せる。
そんな眩しい笑顔、この腹黒女に向けられてしまったら、身体の隅々まで浄化されてしまう。
むしろ浄化してもらって、真っ当な人間として生まれ変わりたい。
でもそれは許されない。多感な男子高校生の純情を弄んで、自分のモノとするために注力を注ぐド屑女は、その罪を抱えながら生きていく他ないのだ。
「えへへ…それほどでも?」
少し顔を赤らめて、褒められて照れているような"演技"をする。
そうこれが私の生き様だ。野望の為にはどんなに狡猾な手段でも使う事を厭わない。
「ふふ」
「あ、笑ったな〜」
「ごめんごめん、いや一ノ瀬さん見てると飽きないなぁ〜って」
彼はそう言って、ニコニコとした顔をし、まるで幼子見るような暖かな目を私に向ける。
「むぅ…なんか子ども扱いしてるでしょ〜」
そう言うのが一番一ノ瀬佳歩のキャラクターに沿っている。一番好感度が稼げる。だから私は演技という嘘を塗り重ねる。
純粋で優しい彼と打算的で狡猾な私。
こうやって一緒に過ごしていると、私のずる賢さが嫌という程浮き彫りになる。
しかしそんな事初めから理解している。だから今更気にする必要はない。そんな時間があったら、どうしたら彼との仲を深める事が出来るか、作戦を練る事の方が先決だ。
「ふふ…でも一ノ瀬さんはたまに大人びた表情を見せる時もあるよね。こう…なんか全てを達観しているような」
「…そうかな?」
まさか彼に見透かされたのか。
いや大丈夫だ。彼は私を『皆が想像する一ノ瀬佳歩』として認識している。相手に気に入られるように取り繕って生きてきた、この私の観察眼がそれを保証する。
彼が素直であるが故に、少々それがうつってしまい演技にムラが出たのだろう。
だが、今までそんな隙一度だってなかった。
だって隙のない女が良い女だもの。
こういった焦りや安堵、困惑といった心情の中、
今まで感じた事のない、切実で懇願するような欲求が生まれているのを感じた。
全身に稲妻が走る。
―――尊厳や自我のない空っぽの私が、自由に生きたいと思える世界に連れ出して欲しい。
―――演技するしか脳のない私に、私を私たらしめる意思を与えて欲しい。
―――あなたのその純粋で綺麗な感情を、私にも分けて欲しい。
どんどん漏れ出る欲求は留まる事を知らない。
あれ、私は平気だったはず。演技する事なんてなんら苦ではないと思っていたはず。
では、何故こんな苦しいのか。辛いのか。罪悪感に押し潰されそうなのか。
彼の前で演技をする度、何故こんなにも胸が痛むのか。
今にもこの胸の内を打ち明けて、彼を頼りたくなる感情をぐっと抑える。
優しい彼ならきっと助けてくれるだろう。
だが、それをしたら駄目だ。私は罪深き女。同情を誘って彼から慰めを貰うのは許されてはならない事。
湯水のように湧き出る欲求の中で、一際切実で、繊細なものを察知した。
これは私が抱いていい欲求ではない。
そんな資格は私にはない。
しかし、もう手遅れである。
―――私があなたを好きなように、あなたにも私を好きになってもらいたい。
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