第七話「一ノ瀬佳歩」
私―一ノ瀬佳歩の願いは一つ、揺るぐことのない安定した暮らしをする事だ。
玉の輿ってやつだ。
私の母は元俳優で、私にも俳優の仕事をやらせようとしてくる。
冗談じゃない。
俳優なんて売れるのはほんのひと握りで、売れてからだって人気商売だ。
安定から最もかけ離れている。
でも、演技には自信があった。それは物心着いた頃から、私は"皆が求める一ノ瀬佳歩像"を理解し、その期待通りに演じる事が出来る。
そんなの常時やって辛くないかって?
確かに私は演じているのだが、どこか他人事のような気がしている。
例えるなら、恋愛シュミレーションゲームで主人公を操作しているときと同じ気持ちだ。
ヒロインが望んでいる事を叶えてあげるように、相手がして欲しそうな事をやる。
私の行動原理はそれと、揺るぐことのない安定を求める事だ。
だからどんな自分でも違和感なく演じる事が出来た。
そして皆から一番理想とされる一ノ瀬佳歩像を、高校三年生の頃には完成させていた。
誰に対しても分け隔てなく接し、誰にも嫌な顔を見せない。
私はずっとこの人格で生きて行くのだろう。
そう確信していた。
だから私は狼狽えた。
白鳥縁と出会ったとき。
――――――――――――――――――――
―――――白鳥縁の第一印象は、ぶっきらぼうな金持ち。
彼が某大手広告代理店の副社長の息子であるという事は、入学した時から分かっていた。
しかし、私は好機を待っていた、彼よりも金持ちの同い年は居ないかと。
それで最終選考を勝ち抜いたのが、彼って訳だ。
こんな玉の輿仮面女にロックオンされるのも嫌がると思うが、それも全て私の揺るぐことのない安定の為だ。
――――――――――――――――――――
―――半年が経ちそろそろだと思った。
彼へと接近しよう。
今私の戦いの火蓋が切って落とされた。
「もうすぐ受験だねっ!」
私の最大限の笑顔でもって、話しかける。
「あぁそうだな」
彼は読んでいる本から目を離さず答えた。
興味なし…か。
でも私は諦めない。ここで可愛子ぶって怒って、
「むぅ…ちゃんと聞いてる?!」
「あぁ聞いてる聞いてる」
「適当だしっ!」
あれなんか心地よいなぁ、この会話。
適当にあしらわているように感じるが、彼から純粋さと優しさを感じる。
失礼な話だが、人にこんな興味を持ったのは初めてだ。
まぁでもそりゃあそうか。
いずれ私の生涯の夫になる存在だし。
「まぁいいや!白鳥くんって勉強得意なんでしょ!だから教えて欲しいなーって…ダメかな?」
私はこれでもかっという程にあざとい上目遣いを食らわせる。
これは落ちた。
いや、でもどうかなぁ?
普段女子と喋っている所見た事がないし、どうなるかなぁ?なんだかドキドキしてきた。
まるで一世一代の告白の返事を待っているようだった。
しかし残念ながらこれは、玉の輿女とのお先真っ暗人生行きの片道切符なのだ。
「いいよ」
だから、了承は恐らくしてくれな―――――
え、いいの!?やった!
「やった!」
――あ、あれ?
私ははしたなく数cm程飛び跳ねた。
なんで私は今跳んだんだ?
――――――一ノ瀬佳歩はこの行動原理に対して疑問を呈した。
今までは打算で生きてきた彼女が、無意識下に行動を起こしていたからだ。
彼女の『勉強を教えて欲しい』というお願いが、まさか了承されると思っていなかったため、最初は驚いたものの、やはり彼女はずる賢い女。
次の手を常に読み、最善の行動をする。
彼女はお淑やかに、胸の前で小さく手を握り喜ぶという、一ノ瀬佳歩を"演じる"つもりだった。
しかし、次の瞬間勝手に体が動いていた。はしたなく跳んでいたのだ―――――――――
これが私の…本心?
ふふふ。
少し我儘言っても良いのかな…?
「じゃ…じゃあさ勉強会の日程とか決めるために、連絡先交換しよっ!」
「うんいいよ」
「やった!」
やった!連絡先まで手に入れてしまった。
彼の提示したバーコードを読み取り、彼のアイコンと【白鳥】という名前が表示される。
【白鳥】と苗字だけ書かれたユーザー名は無機質なのだが、ぶっきらぼうな彼らしいと感じ、微笑ましく思った。
アイコンには東京の夜景が映っており、暗黒の世界が鮮やかな光によって、彩られている。
このコントラストは私と彼との関係を表しているようだった。
ふふ。
一ノ瀬佳歩玉の輿大作戦の一環として計画していた勉強会も、ちょっぴり楽しみになってきた。
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